もりもと かおる
1912年6月4日、大阪市東淀川区生まれ。
旧制北野中学を経て第三高等学校文科時代にはヨーロッパ近代戯曲を耽読、ノエル・カワード、サマセット・モームに親しみ、京都帝国大学文学部英文科に進む。
同人雑誌に発表した戯曲が小山祐士、田中千禾夫の眼にとまり、「劇作」に発表した『みごとな女』(後に文学座第一回公演【試演】として初演)が岩田豊雄の絶賛を受け、「劇作」同人になる。
1935年『わが家』(岩田豊雄演出)が築地座で初演、23歳で劇作家としてのスタートを切る。その後、『華々しき一族』『退屈な時間』など、洒落た台詞運びの、軽妙な機智に富んだ作品を次々と発表。
ラジオ・ドラマの台本、映画シナリオなども手がける。
1940年に岩田豊雄に推され文学座に入座。『わが町』翻訳、『富島松五郎伝』脚色、『怒濤』、そして最後の作品『女の一生』を書き下ろす。
『女の一生』は文学座史上最多公演数を誇り、50年以上にわたって附属演劇研究所発表会の演目として毎年上演されている、文学座の〈宝〉である。
肺結核再発のため病床で『女の一生』を改訂、1946年10月6日死去。享年34。