2000.03.04.新設
2000.05.19.更新
《最後の晩餐》は、公演を終了いたしました。
劇場においでいただいた方、応援してくださった方、ありがとうございました。
文学座 5月公演 《最後の晩餐》

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(190KBあります。ご注意ください。)
作:別役 実
演出:藤原新平
【公演会場】新宿紀伊國屋ホール(新宿東口 紀伊國屋書店本店4F)
【上演期間】2000年5月7日(日)〜16日(火)
| 5月 | 7日 (日) |
8日 (月) |
9日 (火) |
10日 (水) |
11日 (木) |
12日 (金) |
13日 (土) |
14日 (日) |
15日 (月) |
16日 (火) |
| 2:00 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||
| 6:30 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
【スタッフ】
装置:石井強司
照明:古川幸夫
音響効果:深川定次
舞台監督:遠州雅樹
演出補:中野志朗
制作:日下忠男
神田 真・森さゆ里・望月 純
【出演・配役】
飯沼 慧(男10)・・・林 秀樹(男4)・・・田村勝彦(男13)
戸井田稔(男3)・・・関 輝雄(男7)・・・脇田 茂(男1)・・・得丸伸二(男8)
村治 学(男6)・・大原康裕(男9)・・浅地直樹(男2)・・藤川三郎(男12)
岸槌隆至(男5)・・林田一高(男11)
《稽古場から》のページへ
【あらすじ】
そこには、大きなテーブルが一つ。椅子がいくつか、置いてある。
男がひとり、トレーに食物を乗せて現れ、そこで食べはじめる。
男がまたひとり、トレーに食物を乗せて現れ、
「ここ、いいんですか。」
「え、まずい?」
「いやいや、まずいんじゃなくて、いいのかどうかって……。」
「いいんじゃないのかなあ……。」
しかし、トレーに食物を乗せて、男たちは更に次々と現れ、
しかも依然として、そこが「食べてもいい場所」かどうかわからない。
かくて、「食べること」をめぐるてんやわんやが開始され・・・・・・、
それから、何がどうなったのかわからない。
場面はいつの間にか、レオナルド・ダ・ビンチ 描くところの『最後の晩餐』となり、
そこではじめて男たちは、何とか「食べる」らしいのだが……。
パロディー版『最後の晩餐』
「食べる」ことをめぐるてんやわんや。
「救世主」はだれか、「裏切者」はだれか。
(別役 実)
【入場料】
一般5,000円/学生3,500円(全席指定・消費税込)
【前売・予約】
シバイヲミヨー
文学座 (フリーダイアル)0120−481034(月〜土 10:00〜17:30 日曜・祝祭日休)
(学生券の取り扱いは文学座のみ)
チケットぴあ 03−5237−9988
ローソンチケット 03−3569−9900(Lコード 36350)
チケット24 03−5489−2229(アクセスNo.2605#)
キノチケットカウンター(店頭販売のみ 10:00〜18:30 紀伊國屋書店本店5F)
【前売開始】
4月3日(月)
【お問い合せ】
文学座 03−3351−7265(月〜土 10:00〜17:30 日曜・祝祭日休)
(文学座通信5月号より)
文学座5月・紀伊國屋ホール公演、別役実=作、藤原新平=演出『最後の晩餐』の初日が迫りました。
演出者を中心に、ディスカッションも交えて進められてきた稽古は最終段階、出演者たちの熱気も最高潮に達しています。
5月7日(日)に待望の開幕。作品・演出・演技陣のどれをとっても保証付きの面白い舞台をお約束します。
どうぞご期待ください。ダ・ヴィンチの名画にインスペピレーションを得て書き下ろされた今回の作品。
食べることをめぐるてんやわんやに大爆笑するうち、いつの間にか私たちは別役ワールドならではの不思議
な迷路に誘い込まれてしまいます。とは言っても、幕開きはいつものようにあくまでもさり気なく……、
昼とも夜ともつかない空間。中央に大テーブルがひとつ。周囲に椅子が五つ。他は何もない。
男1が、トレーに食器と水の入ったコップを乗せて上手より現れ、「ここ、使ってもいいんだろうな」というように、
ややあたりをうかがってから席につき、コップの水をちょっと飲む。
男2が、やはリトレーに食器と水の入ったコップを乗せて下手より現れ、
男1を見て引き返そうとするが、思い直して声をかける。
どうやらここは、ホームレスのための給食センターといったところ、お互いに縁も所縁もない男たちが次々に登場してきます。
集まったホームレスの数は13人、ちようどキリストと12人の使徒のように。
彼らは、ここが食事していい場所なのか、誰がどこに坐るのか、さらには椅子の数や、
テープルとテープルクロスの存在などをめぐって噛み合わぬ会話を展開し、私たちの笑いを誘います。
やがて、大きな木の十字架が運び込まれるあたりから、空間は徐々に変容していきます。
現代の、出入り自由のシェルターが、知らぬ間にほぽ2OOO年前の「ある場所」に変っていくのです。
そして、どうやら外ではある事件が起こり、その犯人探しも始まりました。
ローマ暦784年、へプライ暦3790年、西暦30年4月……、ちょうど今ごろだな、ここと同じような或る街に、
砂漠から13人の男たちがやってきた……。中のひとりが救世主を名乗っていたので、街の連中は熱狂的に歓迎した……。
最初、ただ食事にあリつくため集まった男たちは、知らず知らずに2000年前のドラマを演ずることとなリ、
12人の使徒たちと同じ運命をたどることになります。
救世主は街の長官によって処刑されます。
ですから当然、捕えられるその晩、救世主とその弟子ちたちは「最後の晩餐」のテーブルを囲むことにもなるのです。
さて、「救世主」は誰か?「裏切者」は誰か?その答えは、本番の舞台でお探しください。
●最後の晩餐
受難を覚悟してエルサレムに入城したイエス・キリストが、捕えられる晩に市内のある二階のヒロまで12人の弟子たちと共にした晩餐。
『新約聖書』の最初の三福音書は、それぞれその情景を伝えているが、最も簡潔な「マルコ伝」によると、
一同が席についた時、イエスはそのうちの一人が自分を裏切ろうとしていると言ったので、一同びっくりして次々に反問した。
イエスは静かにその者を示して、“その者はわざわいだ、生まれないほうがよかった”と言う。
そしてイエスがパンと葡萄酒をとって、“これはわが体”“これは多くの人のために流すわが契約の血だ”と言った言葉は意味深長で、
キリスト教の中心である贖罪の教義がこの一句に秘められている。
この劇的な一瞬をモチーフとした美術作品は数多くありますが、
なかでも特に超有名なのはレオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」です。
ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁面に描かれた、縦4.6メートル、横8.8メートルという巨大なもの。
この壁画の完成は1497年〜98年頃と考えられています。
しかし、ダ・ヴィンチが顔料を油で溶くテンペラ技法を選んだために、
完成して間もなく絵は傷みはじめます。
さらに二度にわたる洪水、絵の一部が壊され通路となったこと、ナポレオン軍が倉庫に使ったことなど、受難の歴史は続き、
第2次大戦ではついに修道院自体が瓦礫と化しました。
この作品が今日まで生きのびたのは、まさに奇蹟なのかも知れません。
その名画が昨年、500年ぶりに見事に甦りました。
1977年に開始され、20数年の年月をかけて行なわれた本格的な洗浄と修復の成果です。
色彩も鮮やかに、また今まで隠れていたディテールなども明らかになりました。
こうして現在では、ダ・ヴィンチの原画により近いものを私たちは見ることが出来るのです。
(文学座通信4月号より)
2000年の文学座公演第二弾は、別役実=作、藤原新平=演出『最後の晩餐』
――待望の書き下ろし戯曲が出来上がリ、稽古も始まって、5月7日、新宿・紀伊國屋ホールでの開幕を待つばかリです。
ところで、文学座が上演する別役実作品はなんと今回で25本目。
1997年の『金欄椴子の帯しめながら』が〈別役実劇作100本記念〉公演でしたから、その約4分の1を文学座は上演したことになります。
文学座上演の25作品
そんな別役さんと文学座との初めての出会いは1965年のこと。
その頃行われていた(第3回)創作劇研究会に『AとBと一人の女』を改題した『AとB』が藤原新平の演出で取リ上げられたのです。
2年後、67年のアトリエの会に『カンガルー』が書き下ろされ、別役さんとの共同作業は実質的なスタートを切リました。以後の上演作品を編年体で記しますと、
◇1967年 カンガルー ◇1974年 数字で書かれた物語 ◇1976年 あーぶくたった、にいたった ◇1977年 にしむくさむらい
◇1978年 海ゆかば水漬く屍 天才バカボンのパパなのだ ◇1979年 天神さまのほそみち ◇1980年 赤色エレジー ◇1981年 病気
◇1982年 太郎の屋根に雪降りつむ ◇1984年 ハイキング ◇1985年 よくかきくうきやく ◇1986年 さらだ殺人事件
◇1987年 ジョバンニの父への旅 ◇1988年 場所と思い出 ももからうまれたももたろう ◇1989年 青ひげと最後の花嫁
◇1990年 山猫からの手祇 ◇1991年 猫ふんぢやった ◇1993年 窓から外を見ている ◇1994年 鼻 ◇1995年 雛
◇1997年 金襴緞子の帯しめながら 雨が空から降れば ◇2000年 最後の晩餐
このうち『ジョバンニの父への旅』『山猫からの手紙』『雨が空から降れば』と、今回の『最後の晩餐』は本公演のための書き下ろし作品。
ほかはいずれもアトリエの会での上演ですが、『あーぶくたった、にいたった』は82年、『にしむくさむらい』は79年に本公演としても再演されました。
また『場所と思い出』『雛』『金襴緞子の帯しめながら』は杉本正治が、『窓から外を見ている』は石川耕士が、ほかはすべて藤原新平が演出しています。
「あーぶくたった、にいたった」
作者との幸福な出会い
1974年から始まる別役実作品の連続上演、その出発点はやはリ『数字で書かれた物語』でした。
この時の舞台作リを通して、またその舞台成果に勇気づけられて、演出スタッフも俳優たちも確かな手応えを得たのです。
そして続く『あーぶくたった、にいたった』と『にしむくさむらい』の成功により、別役作品がアトリエの空間に定着しました。
『あーぶくたった、にいたった』への劇評から―――
「現実認識の確かな、鋭い作品である。男1と女1の不安、不仕合わせの心情は他人事ではない。
汚濁と混迷の中で、目に見えぬ不安におののきながら生きる我々小市民のものである。
舞台は、演出のコントロールがよく、これといった破綻のない仕上がりである。角野卓造と吉野佳子のコンビネーションもバランスがよく存在感がある。
セリフのやりとりを、互いに入れこみすざず、抑制のある対話で空転させることなく処理して聴かせる(『テアトロ』麻生直氏)」
その後も上演のたびに、このような高い評価を受け続けてきた別役作品と文学座の舞台。
その幸運な出会いについて、大笹吉雄氏は「文学座アトリエの会40年史」の中で以下のように述べています。
―――別役作品がアトリエにはじめて登場したのは67年7月の『カンガルー』だから、この劇作家の作品歴からいっても初期に属する。きわめて早いアプローチだった。
二本目が『数字で書かれた物語』で、この中の食事の場面がことにわたしの記憶に残った。
文学座の俳優の日常的な写実のうまさが、別役作品に強烈なリアリティを付与していたのだ。
『あーぶくたった、にいたった』はその延長線上に花を開き、わたしはその背後に久保田万太郎作品や森本戯曲での俳優の鍛えられ方、別にいうと、文学座の演技の「伝統」があってのことだと考えた。これと「前衛」が無縁ではないことを証明したのがアトリエにおける別役劇で、この意義は特筆に価するだろうとわたしは思う。
図式的な新劇と小劇場演劇との対立の構図は、事実として意味をなさないからである。このことはもっと強調されていい。
とまれ、以後、『にしむくさむらい』『海ゆかば水漬く屍』『天才バカボンのパパなのだ』『天神さまのほそみち』『赤色エレジー』『病気』『太郎の屋根に雪降リつむ』『ハイキング』『よくかきくうきやく』『さらだ殺人事件』と続々と問題作・秀作舞台が生まれ出て、角野卓造などが育って行った。アトリエ史上もっとも注目されるべき持続的な動きだった。―――
さて今回の作品ですが、パロディー版「最後の晩餐」で、食べることをめぐるてんやわんやが展開するようです。
ダ・ヴィンチのあの有名な版画が目に浮かびます。卓抜なアイディアです。きっと別役実一流のブラックな笑いが舞台に横溢することでしょう。
定評ある藤原新平の演出は磐石、演技陣も別役劇の常連または経験者が多く、文学座ならではの楽しい舞台をお約束します。どうぞご期持を!
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