【どんな舞台?】
共同企画『
崩れた石垣、のぼる鮭たち』の幕を開けて
西川信廣
9月8日、中部北陸ブロック、静岡ブロックの演劇鑑賞会と文学座の共同企画
『
崩れた石垣、のぼる鮭たち』が静岡県の菊川で無事に幕を開けた。
考えてみれば、この企画の立ち上げから今日まで3年もの年月が流れている。
私は幕が下りてお客さんの暖かい拍手を聞いたとき、鑑賞会との共同企画で
この作品が出来上がったことに、いつもとは違う喜びを感じていた。
私が共同企画の演出を担当するのはこれで3本目である。
1本目は大都市演鑑との『
秋日狂乱』。
2本目が四国演鑑との『
小さき神のつくりし子ら』で
両方共に俳優座劇場プロデュースだった。
そのときも「創作プロセスの共有」を提案して、作る側と見る側がお互いに意見や要望を出し合って
共同企画でしか出来ない作品作りを目指すというのが主旨だった。
演劇は作る側が作りたいものを作り、それを見たい人が観るのが基本である。
しかし、劇団(創造団体)と鑑賞会との歴史を考えたとき、単に「作る人」と「見る人」に別れての
「演劇」の売り買いの関係ではなかったように思う。
長い歴史の中で、演劇を通じて時代を語り、人間について語り、
そして俳優や演出家や観客を育ててきた歴史がある。
しかし、私が思うに最近はどうも「作って、売って、買って」の関係で終わってしまっている。
だとしたら、もっと創造的で豊かな関係を作れないかと私は考えた。
そして共同企画がその突破口になるという思いがあった。
今回も同じ提案をして、どんな内容の、どんな配役の、どんな芝居を
作りたいかを時間をかけて話し合いながら進めてきた。
もちろんそれぞれの思いがあって、作る側と見る側の要望が完全に一致したわけではない。
時には内容や進め方をめぐって意見の対立もあった。
しかし、
土田英生君という若い作家を起用し、幅広い年齢層の俳優を配しての
今回の作品は、共同企画でなければ実現は難しかったと思う。
また、話し合いの中で、それぞれが演劇に対していまどんな思いを持っているのか、
演劇を通してこの時代をどう捉えているのかが見えてきて、私にはとても有意義な時間だった。
そう、共同企画のねらいは良い作品を生み出すことと同時にそのあたりにもあると思うのだ。
今回の共同企画がこれからの鑑賞会と劇団の関係の中で
どのような意味を持つのかはこれからにかかっていると思う。
私なりに良い仕事が出来たという思いの一方で、共同企画を
どうしたら良いのかについては様々な課題と反省点がある。
しかし、共同企画でしか出来ない良き作品はまだまだ沢山あるはずである。
そんな企画作品を是非また作りたいと思っている。
(文学座通信11月号より)
9月8日から、まず地方公演で開幕!
10月からは紀伊國屋サザンシアターで
土田英生=作、
西川信廣=演出による期待作『
崩れた石垣、のぼる鮭たち』が、
9月8日からの地方公演で開幕します。
都会に隣接する小さな町。舞台となるのは、プラモデルのようなお城望んで川べりに立つ料理屋。
時は近未来で、3年間も雨が降り続いています。
この異常気象は現在我々が犯しつつある様々な環境破壊の結果なのでしょうか。
地球最後の日も近いのでしょうか。
・・・…にしてはややのんきかなとも思えるクラス会がここで開かれようとしていて、
そんな状況設定の奇抜さに、まず私たちは否応なく引き込まれてしまうでしょう。
料理屋の主人の父親は、元中学教師。
昔の教え子に頼まれて息子を説得、休業中の店は無理やり営業を再開しますが、
そのあたりの親子や従業員たちのやりとりがまた笑いを誘います。
そしていよいよ30年ぶりの同期会。
恩師を交えてのお約束の展開となりますが、物語はこれだけでは終わりません。
いくつかの仕掛けや前述の状況設定が、クラスメートばかりでなく料理屋の人々をも巻き込んで、
思わぬ結末へと私たちを導いていきます。
どうぞご期待ください。
負けず嫌いのツッチーのこと 今村 修
京都で「LEAF」という演劇誌が発行されている。
年3号程度の不定期刊で1995年の発行以来11号を数える。
印刷も装丁もきわめて質素、内容はいたって真面目。雑誌というより同人誌に近い。
毎号、「脚本を書くということ」についての対談や劇作家インタビューなどの特集に加え、
関西の若手劇作家の戯曲数本を掲載する。
現在、
鈴江俊郎、松田正隆、土田英生の三人が編集委員を務めている。
90年代半ばから、大きな注目を集めている京都の小劇場演劇を代表するこの3人、
ライバルでありながら実はとても仲がいい。
雑誌に掲載する戯曲を選ぶにあたっては、歯に衣着せぬ意見をぶつけ合い、
しょっちゅう集まっては飲んでいる。
それだけでは足りず、夜中に延々話し合うことも珍しくないらしい。
そして、この何でも語り合える雰囲気が、さらに若手の演劇人らを巻き込み、
京都の、そして関西の小劇場会の活力を生み出す大きな要因となっている。
関西の小劇場界の大きな特徴は、演劇人同士の風がとおし実に良いことだ。
互いの舞台をきちんと見合い、きつい感想も率直に出し合う。
劇団の枠を超えた共同作業や、役者の貸し借りも頻繁に行われている。
互いに刺激を与え合いながら、競い合う。
巨大すぎる東京に比べ、関西というエリアの程よい狭さが、この幸福な状況を可能にしている。
さて「LEAF」編集委員の3人のうち、鈴江と松田は1996年にそろって岸田戯曲賞を受賞、
文学座でも鈴江作品は『
髪をかきあげる』(96年、高瀬久男演出)と『
王様は白く思想する』(99年、鵜沢秀行演出)が、
松田作品は『
花のかたち』(99年、高瀬演出)が、それぞれアトリエで上演されている。
そして、いよいよ“LEAF3人組の最終兵器”土田の新作
『
崩れた石垣、のぼる鮭たち』が西川信廣演出で登場する。
土田英生、34歳。劇団「MONO」を主宰し、演出家、俳優としても活躍する。
芝居仲間からは親しみを込めて「ツッチー」と呼ばれている。
その劇世界はウェルメード。
派手なケレンや、時間や空間が一瞬にして飛ぶような仕掛けは微塵もない。
声高な主張もない。
ちょっと変わった状況に置かれた等身大の登場人物たちの、さりげない会話や思想のずれが笑いを生み出す。
だが、その笑いの後ろには、社会への鋭い問題意識や、人間の切なさへの深い共感が潜んでいる。
たとえば、世間の目を避けるように一軒の家で暮らすゲイたちを描いた「
−初恋」(97年)では、
マイノリティーに対する社会の残酷で無遠慮な視線と、
その中でプライドを捨てずに生き抜くことのつらさが、静かな幕切れから痛切に伝わってきたし、
近未来の戦場慰問から逃げ出した芸人たちを題材にした『
その鉄塔に男たちはいるという』(98年)では、
過疎の村を舞台に、村おこしの企画に取り組む幼なじみの若者たちの、
濃密な人間関係ならではの、ほんの些細なことからも生まれてしまう感情の行き違いや摩擦、
その悲しさを強いリアリティーととに浮かび上がらせた。
とはいえ、笑いはツッチーの身の上だ。
その舞台はいつも、ひねりの聞いたセンスのよい笑いで包まれる。
『GOVERNMENT OF DOGS』というコントユニットの一員としても活躍した。
「僕は、放って置けばどんどん笑いのほうに向いてしまう。
でも、それだと鈴江さんや松田さんに何を言われるか分からないので、踏ん張っている」。
おしゃべりで“ぼやき大王“。だが、負けん気は人一倍だ。
忘れられないボヤキを聞いたことがある。
仲の良い岸田戯曲賞作家・
平田オリザを囲んで鈴江、松田と飲んだときのこととか。
「みんなで“今日の飲み会は岸田率が高いね”なんて言うんですからね。まったく」。
平田たち一流の励ましなのだろうが、その正直な悔しがりように失礼ながら笑ってしまった。
今年は、そんなツッチーが東京でもブレークする年になるかもしれない。
自ら演出、出演する「MONO」などの東京公演が今後も含め3回。
そして文学座のほか、青年座にも『
悔しい女』を書き下ろす(宮田慶子演出)。
これまで、東京でのプロデュースなどへの書き下ろしでは、不本意な結果に終わることも多かっただけに、
負けず嫌いのツッチーは、にこやかな笑顔の裏で
「今度こそ見てろよ」と密かな、しかし大きな闘志を燃やしているに違いない。
秋の文学座公演第一弾『崩れた石垣、のぼる鮭たち』は
文学座初登場の土田英生さん書き下ろしによる期待作。
9月8日小笠郡菊川町の菊川文化会アエルで旅初日を迎え、
以後、静岡県各地を巡演します。
10月16日からは紀伊國屋サザンシアターで東京公演、
その後さらに京都、中部、北陸方面への旅公演も決まっています。
作者の
土田英生さんは、1967年、愛知県生まれ。
立命館大学入学と同時に「立命芸術劇場」に入り演劇活動を始めました。
89年、劇団「MONO」の前身となる「B級プラクティス」を結成、
90年以降、全作品の作・演出を手がけます。
なかでもとくに『きゅうりの花』『その鉄塔に男たちはいるという』『錦鯉』は
98年から3年連続で岸田國士戯曲賞の最終候補作となり、
99年には『その鉄塔に…』で第6回OMS戯曲賞大賞を、
また、昨年は、咲くやこの花賞、大阪府舞台芸術奨励賞、京都市芸術新人賞を受賞しました。
近年は劇団「M・O・P」や青年座、パルコプロデュースなどに新作を提供。
設定のズレから生じる可笑しみや人の哀しさを、軽快な会話劇として見せることで高い評価を得、
その才能が各界から広く注目を浴びています。
喜劇的センス横溢のテンポの速い集団会話劇。
作者の土田英生さんは―舞台の俳優たちはもとより、この舞台を観た人たちが劇場を出た後、
少し衰えを感じる太ももの筋肉を思いきり動かして走り出す。
「中高年がダッシュする舞台。」そんな舞台を作りたい―と意気込んでいます。
ベテラン・中堅演技陣のアツい競演にも、ご期待のほどを。
それでも鮭は川をのぼる 土田英生
私が小学生だった頃、近所の盆踊りで流れていた歌詞は
「二一世紀の夜明けは近い、云々・・・・・・」という内容だった。
21世紀は夢の時代。もはやそれは懐かしい未来像になってしまった。
現在私たちはどっちを向いていいのか分らない所に立っている。
時代が悪いとか世の中がどうこうという問題ではなく、
怖いのはただ一つ。先が見えないということだ。
物語が描けないということだ。
鮭は産卵の為に川をのぼる。さて私たちは・・・・・・。
上流に果たして何があるのかは分らない。
必死で泳げばいいのかどうかも分らない。
しかしそれでも泳ぐしかないのだ。
「崩れた石垣、のぼる鮭たち」はまさにそういう話です。
土田英生(つちだひでお)
MONO代表。’67年愛知県生まれ。
立命館大学入学と同時に「立命芸術劇場」に入り演劇を始める。
’89年、MONOの前身となる「B級プラクティス」を結成。
’90年以降全作品の作・演出を手がける。
作品は’98年より3年連続で岸田國士戯曲賞最終候補となり、
「その鉄塔に男たちはいるという」で第6回OMS戯曲賞大賞受賞(’99年)。
また劇団「M・O・P」や「青年座」、
パルコプロデュース(「ボーイズ・タイム」演出/宮本亜門)などに
新作を提供するなど、その才能が各界から注目されている。