《ペンテコスト》は、公演を終了いたしました。
劇場においでいただいた方、応援してくださった方、ありがとうございました。




文化庁芸術創造特別支援
2001年6月 文学座アトリエの会



作:デヴィッド・エドガー
訳:吉田美枝
演出:松本祐子


Huddled masses,yearning to breath free.

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宣伝デザイン・森さゆ里

配 役 物 語 どんな舞台?

出演:
川辺久造・林 秀樹・早坂直家・大滝 寛・田中明生
高橋克明・瀬戸口郁・古川悦史・佐藤 淳・鍛治直人
赤司まり子・中川雅子・塚本景子・香月弥生・山本郁子
石井麗子・名越志保・山本深紅・太田志津香

:スタッフ:
美術
……
礒沼陽子
照明
……
金 英秀
音響効果
……
深川定次
衣裳
……
礒沼陽子
舞台監督
……
神田 真
制作
……
伊藤正道

2001年6月26日(火)〜7月8日(日)

信濃町・文学座アトリエ(ここをクリックすると地図が出ます)

文学座アトリエ
2001年
26 27 28 29 30
開演
時間
14:00 / / / /
19:00 / / / /

料金●電話予約3,500円/当日3,800円(税込・全席指定)



【 配 役 】
ガブリエラ・ペックス(美術館の学芸員) …… 香月弥生
オリヴァー・ダヴェンポート(美術史家) …… 大滝 寛
セルゲイ・ボヨヴィッツ神父(正教会司祭) …… 川辺久造
ペトル・カロリ神父(カトリック司祭) …… 瀬戸口郁
ミハイル・ツァバ(大臣) …… 古川悦史
プスバス …… 林 秀樹
レオ・カッツ(美術史家) …… 早坂直家
アンナ・イェドリコーヴァ(元反体制主義者) …… 赤司まり子
トーニ・ニューサム(テレビタレント) …… 名越志保
10代の少女 …… 太田志津香
スウェーデン人の男 …… 田中明生
兵士1 …… 鍛治直人
兵士2 …… 高橋克明
ツァバの秘書 …… 山本深紅
修復作業員 …… 中川雅子
修復作業員 …… 石井麗子
修復作業員 …… 佐藤 淳
婦人警官 …… 名越志保
ヤスミン(パレスチナ系クエート人) …… 山本郁子
ライフ(トルコ系アゼリー人) …… 鍛治直人
アントニオ(モザンビーク人) …… 高橋克明
アミーラ(ボスニア人) …… 塚本景子
マリーナ(ロシア人) …… 中川雅子
グリゴーリ・コロレンコ(ウクライナ人) …… 田中明生
アブドゥル(アフガニスタン人) …… 佐藤 淳
トゥヌー(スリランカ人) …… 石井麗子
ニコ(「ボスニア人」のロマ人〔ジプシー〕) …… 林 秀樹
クレオパトラ(「ボスニア人」のロマ人〔ジプシー〕) …… 太田志津香
ファティマ(クルド人) …… 山本深紅

【 物 語 】
東ヨーロッパの、とある片田舎に建つ廃墟と化した教会。
そこでフレスコ画が発見された。

「キリストの死を哀悼する聖母」の絵は、人類の悲惨な運命の予言なのか?
誰が描いたものなのか?

このフレスコ画の謎解きが、埋められていたヨーロッパの歴史を掘り起こす・・・。
そして、「時代」に翻弄され続けてきたこの場所に、
新たな1ページが加わろうとしている・・・。
【どんな舞台?】
シラナイことを知りたくて   松本 祐子

1999年11月15日、私は独りロンドンヒースロー空港に立っていた。
大きなスーツケースと一緒に。
これからロンドンで生きていくのだ――というドキドキを胸に。
文化庁の在外研修というありがたい制度のおかげで、
約1年間芝居漬けという魅力的な時間が私を待っていた。
そして今、私の手元にはロンドンの学校やワークショップで学んだことを記録したノート、
芝居やダンスを見たときの日記のようなものが残っている。
いろいろなことがあった。
普段は気にしない「自分が日本人である」ということや、
「マンネリ化しつつある芝居のつくり方」ということに向き合わざるを得ない日々だった。
自分の芝居づくりのオモシロイところとツマラナイところを再認識させられた。
そしてある日、私の何かに強烈に訴えかけてくる台本に出会った。
それがこの『ペンテコスト』だった。
正直言って、読みながら何度も本を放り投げてしまいたくなった。
私のオソマツな英語力には難しすぎる作品だった。
でも意地になっていた私は辞書を抱きつつ読み進んだ。
そして最後の一句にたどり着いた時、この芝居を演出することを決めていた。
なぜなら、この作品には私がワカラナイこと、シラナイことが多すぎた。
にもかかわらず、グググーっと磁力が私を引っぱる。
私はこのワカラナイことシラナイことを、知りたくなってしまったのだ。
観て頂ければ分かることだが、
この『ペンテコスト』は東ヨーロッパの架空の国が舞台になっている。
東ヨーロッパの国々については、時折日本の新聞紙面に書かれてはいるが、
私たちフツーの日本に住む人々にとっては、別世界の遠い遠い話であろう。
もちろん、民族紛争などの問題に深い興味と理解を持っている人もいるだろうが、
私にとっては「関係ないもんねー」というレベルのことだった。
バブルの時代に青春時代というヤツを過した私は、
当たり前のことだけれど、飢えたり、生命の危険を感じたことがない。
毎日ぬるま湯の自由にどーっぷりと浸かっていられる。
だから遠い国の悲喜劇のことなど考えなくても、ちゃんと時間は過ぎて行ってくれた。
ところが『ペンテコスト』の登場人物たちはそうじゃない。
それぞれのキャラクターが私の知らないことを知ってしまっているのだ。
10年ぐらい前にある人にこう言われたことがある。「無知は罪だ!」
その時私は「こいつ、なんて失礼なことを言うんだ!」と思った。
「知らないことの何が悪い!」とも思った。
でもそれが頭でなのか、体でなのか、心でなのかはわからないが
「知る」ということ、「知ろうと努力する」ということが、
今更ながらヒツヨウなのだなぁと、この頃つくづくと思い知らされている。
「知る」ということは、言い換えれば「違いに気付き、その違いを認める」ということかもしれない。
今、この作品の稽古場には様々な国籍の人たちが、私たちに言葉を教えに来てくれている。
それぞれが個性的な先生たちで、あらためて国民性の違いを感じさせてくれる、
と同時に、それだけでは語れない個人の特徴が、私たちに何かを与えてくれている。
いくつの「違う」色をこの作品に織り込むことができるのかが、今の私の課題でもある。
『ペンテコスト』という作品を基に、
19人の役者と数多くのスタッフと、アトリエに集まってくれた人々と、
何を「知る」ことが出来るのだろうかと、震え慄き、胸踊らせながら、
最初と最後の一瞬を待っている。

エドガーの目指したことは   吉田 美枝

 『ペンテコスト』の作者デヴィッド・エドガーは、1948年に英国に生まれた。
おそらく英国で最も多作かつ20世紀の抱える問題に最も敏感な劇作家の一人だろう。
 エドガーは初めはジャーナリストであったが、1970年代に劇作に転じて、
主に小劇団のために、本人曰く「アジトプロップ戯曲」を猛烈な勢いで書き続けた。
代表作に『デスティニー』(76年)がある。
この作品は、エドガー自身によれば「アジトプロップ的構造」を持ち、
テーマは反ファシズムであるものの、登場人物にリアルな感情を持たせる努力をした。
そして批評家には登場人物がテーマに仕える人形ではなく、
リアルな人間になってきたと好意的に迎えられた。
 主に英国社会に目を向けられていたエドガーの名前が、
英国の外で広く知られるようになったのは、
1980年にロイヤル・シェイクスピア劇団のために脚色した
ニコラス・ニクルビーの生涯と冒険』を通してである。
ディケンズ原作の長大な物語を巧みに劇化したこの作品は英国で大ヒットした後、
アメリカ公演が行われ、エドガーはトニー賞を獲得している。
稽古の様子を書いたレオン・ルービン(文学座で『リアルシング』演出)の本には、
エドガーが稽古に立ち会っては、台本を練り上げていく過程が興味深く描かれている。
 今回アトリエで上演される『ペンテコスト』は、
1994年10月にロイヤル・シェイクスピア劇団によって初演された。
これこそエドガーの最高傑作と呼ぶ批評家もいたが、あまりにも長く、
内容も詰め込みすぎていると失望した人もいた。
 いわゆる商業的なヒット作ではなかったかもしれないが、今回の演出家の松本祐子さんが見たように、
英国の地方劇団や英米の学生たちがいまだに上演し続けている。
このパワーの源はなんだろう?
 東欧のある国の荒れ果てた教会でフレスコ画が発見される。
この絵はいつ頃描かれたどういう性質の絵かというのが、この劇の前半の関心事である。
そのプロットが上質な推理劇のように展開されていくなかで、
私たちは、この国の歴史と宗教に関する様々な情報を得る。
国と国が地続きのヨーロッパとは状況の違う日本に生まれた私たちは、
驚きととまどいさえ覚えるかもしれない。
 そこへ様々なバックグラウンドの難民たちが乱入してくる。
そして私たちは、もっと多くの情報を消化し、知的、感情的に反応することを要求される。
のんびりと見ているわけにはいかない。
台詞ではいくつもの言語が飛び交う。
旧約聖書によると、この世界に数多くの言語があるのは、
人間が天まで届くバベルの塔を築こうとしたので、神が怒って、
意思の疎通が難しくなるように、人々の言葉を混乱させたためだという。
 そして『ペンテコスト』という題は、キリストの弟子たちに聖霊が下って、
彼らが突然普段とは異なる言葉で話しだした聖霊降臨祭(ペンテコステ)の日から取られている。
言葉は神の贈物なのだ。
 異なる言語、理解できない言語は、登場人物と私たちをつなげるか、分けてしまうか?
同時代に生きる他文化の人を身近に感じられるとしたら、何を通してだろうか?
 エドガーはこの作品で世界と言語に関する「知識」を与えようとしているのではない。
この舞台では、私たちがテレビのニュースで、新聞で、
映画で見聞きした出来事や状況をほうふつさせることが目前に展開する。
現在の世界の一部が切り取られ、提示されているのは明らかである。
それを生身の俳優が演じることで、遠い国、霞の向こうにあった出来事は、
個人の体験という具体的な形を持っていくだろう。
そして、日常に埋没しかねない私たちを揺すぶってくれる――はずである。

登場人物延べ26人。
複雑な政治状況下にある東欧の架空の国を舞台に、
多種多様な国々から集まった人々が織りなす壮大でパワフルなドラマ。
本邦初公開の期待の問題作です。
 
1948年生まれのデヴィッド・エドガーはイギリスの劇作家。
新聞記者から転じて左翼演劇の作家としてスタート、数多くのアジプロ劇を発表します。
やがてロイヤル・シェイクスピア・カンパニーにも作品を提供するようになり、
ある架空の政党の興亡を描いた『Destiny』や、
第2次大戦以来の英国の社会主義者たちに対する幻滅を綴った『Maydays』を書きます。
さらに1980年には『ニコラス・ニクルビー』を発表。
原作はチャールズ・ディケンズの代表作の一つで、
タイトルロールの貧しい青年が、助教師として就職する私塾の営利主義と偽教育を暴露し、
校長を殴って逃走、放浪生活で幾多の辛苦をなめた末に幸福を得るという大河小説。
二晩にまたがって上演された、この大作の脚色でエドガーは劇作家としての地位を確固たるものにしました。
 ロイヤル・ナショナル・シアターのためにも、1979年に『ジキル博士とハイド氏』を脚色、
昨年は、ヒトラーに仕えた建築家の物語『アルバート・シュピア』を提供しています。
 
今回上演の『ペンテコスト』もまた、
1994年10月にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによって、
本拠地ストラットフォード・アポン・エイボンで初演され、
翌95年5月からロンドンのヤンヴィック劇場でロングランされたヒット作です。
 舞台は、東ヨーロッパの架空の国。
とある片田舎にひっそりと立つ、今は廃墟と化した教会。
ここで発見された古いフレスコ画(発見者の女性はイタリア絵画の巨匠ジオットの作だと主張)がドラマの発端となり、
イギリスとアメリカの美術史学者、ロシア正教とカソリックの神父、
さらにはこの国の文化大臣も登場して、この絵の真偽をめぐって対立します。
やがて、この国の政情不安が生み出した難民ゲリラが教会を占拠、
学者たちを人質に立て籠もり、軍隊と警官隊が包囲して一触即発の事態に……。
 東欧諸国が抱える政治的、宗教的、民族的問題をバランスよく取り込み、
そのなかで生きる人々の人間性と自由獲得の闘いを鮮やかに描いた『ペンテコスト』は、
私たちにも痛烈な刺激を与えてくれることでしょう。
 
英国での1年間の研修を終えて帰国した松本祐子が、
その成果をどんな形で見せてくれるのかにも、どうぞご期待を!

東ヨーロッパの、とある片田舎に建つ廃墟と化した教会。
そこでフレスコ画が発見された。

「キリストの死を哀悼する聖母」の絵は、人類の悲惨な運命の予言なのか?
誰が描いたものなのか?

このフレスコ画の謎解きが、埋められていたヨーロッパの歴史を掘り起こす・・・。
そして、「時代」に翻弄され続けてきたこの場所に、
新たな1ページが加わろうとしている・・・。

RSC(ロイヤルシェイクスピアカンパニー)やRNT(ロイヤルナショナルシアター)等、
イギリス演劇界に話題作を提供しつづけているデヴィッド・エドガーの作品を日本初演!


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