【どんな舞台?】
線路が青いわけ 竹本 譲
冬木立が流れ、木々の梢がまるで救いを求めるように光の中で遠のいていく。
静まりかえった電車の中は穏やかな午後の日ざしに満ちていた。
新聞をめくる音まで聞こえる。木立や街並から漏れてきた陽溜まりを抜けながら、
乗りあわせた人それぞれの人生が同じ方向へ移動していく。
駅につくたびに扉が開き、わずかながら乗り降りする人の気配が入れかわると、
ぬるまった車内にすずしい空気が流れ込む。間の抜けたような静けさを見はからって、
電車はふたたびゴトンとうごきはじめる。
わたしは、入院している知人を見舞いに行く途中だった。
ドアのそばに体をもたせかけて、手に駅前で買った果物の籠をさげたまま、
うす汚れたガラス越しにゆるゆると過ぎていく景色を眺めていた。
消毒液の匂いに密閉された病人を見舞うという必ずしも穏やかでない状況でありながら、
陰鬱な気分を免れていたのは、透明のセロファンに包まれた
バナナやリンゴといった明るい彩りの盛り合わせによるところがあったかもしれない。
“柄にもなくわたしはこれから大事な人のために見舞いにいくのです”という
ありきたりな出立ちがどこか滑稽な気すらしてくる。
むしろ偽善美の誉れとでもいえる深い味わいの世界がそこにあり、
うららかな陽光までが水仙の花をたずさえて、わたしをそのぬかるみに誘いこむ。
そばのシートに、グレーのコートに薄桃色のマフラーをした女の子が坐っていた。
彼女は、おもむろに膝の上のバッグから譜面を出すと指でリズムをとりはじめた。
白い指先が五線譜をたどっていく。
長い道のりの随所に隠れている微妙な感情のゆらぎに、彼女の指はしばし立ちすくむ。
ただ五線譜に連なる音符の上下運動にしか見えないものも、
彼女の頭の中では豊かな波音となって響いているのだろう。
ふいに彼女の肩口越しに見えていた線路の上を青いものが走った。
はじめはそれが何なのかよくわからなかったが、にわかに正体を悟ると、
突然、忘れかけていたある出来事に思いあたり、唖然としてしまった。
昔、図書館の児童室で絵本の調べものをしていたときのこと、
そばで子どもたちが円卓を囲んで絵を描いていた。
それぞれ家族の絵を描いているようだった。
そのなかにひとり外国人の子どもがいて、彼は青いクレヨンで線路を描いていた。
そしてその絵を隣の子が線路は茶色だと指摘していた。
はやしたてるような声をきいていると、外国人の子どもはボリビアの少年らしく、
彼はなにを指摘されているのかわからないまま、長いまつげを瞬かせて黙々と線路を描いていた。
ボリビアといっても列車強盗のブッチ・キャシディとサンダンス・キッドが遁走した地だというぐらいしか知らないわたしは、
何か保安上の印に線路がペンキで青く塗ってあっても不思議でないような気もしたし、
南米ボリビア人の色彩感覚は鮮やかなのだろうと合点もいった。
南米の民芸品などを見ても卓抜した色感は裏付けられている。
海を知らないボリビアの軍隊のテーマ曲が「イエローサブマリン」と聞いたこともあって、
なりゆき原色をすんなり受け入れる民族との印象をもったままでいた。
それっきりだ。
錆びついてばかりいると思っていた線路が電車の窓から見ていると確かに青い。
せいぜい線路といっても夕方の倦怠感をあおるけだるい午後の赤茶けたオブジェか、
キタテハの飛翔をうながす黒々とした鉄骨といったイメージにしか思わなかった。
しかし、よく見ると、鏡のように摩滅した線路の表面に空の色が映っていたのだ。
そのときになってはじめて、あのボリビアの少年の正確さに気づいたのだった。
ボリビアの空は日本とは較べものにならないぐらい広く、青いに違いない。
抜けるように乾ききった青さが線路に映るのはむしろ自然なことだろう。
どういったいきさつで彼が地球の裏側まで来ていたのかはわからないが、
南米の大平原に横たわる一本の線路のそばで日々を過ごしていたかもしれない少年の姿は想像できる。
線路に耳をつけて遊んだり、どこまでも線路の上をやじろべえのように歩いていったであろう。
やりきれぬぐらいの無為のなかで線路とともに時を過ごしてきたことを思えば、
そこに映った空の色は、ただの青以上の愛着と質量があるにちがいない。
純真な祈りに磨きあげられた深い青。
少年の夢もろとも、ボリビアの空の高さを写しとった青い線路が
まっすぐに地平の果てへ続いていく……
わたしはにわかに、入院している知人も快方に向かうであろう手ごたえを得て、
近づく駅を待っていた。
電車がゆるやかにホームへさしかかり、ドアが開いた。
わたしのすぐ横を上品そうなおばあさんが微笑んで会釈をするように降りていった。
思いあたりはなかったが、彼女のグレーのコートと薄桃色のマフラーに見覚えがないわけではなかった。
彷徨い歩く迷宮から 高瀬 久男
「お客さんに、いやな気分になって帰ってもらいたい」、
稽古前、今回の作者、竹本氏が私にそう言いました。
「いやな気分……!」、一瞬私は耳を疑いました。
……私達はお客さんにいやな気分になってもらうような芝居作りはしてこなかった。
失敗してそうなってしまうことはあるにしても、基本的には、
何らかの感動を味わって劇場を後にしてほしいと思っている。
しかし、作者は言うのだ。「いやな気分になって帰ってもらいたい」と。
いやな気分になってもらうということは、作る側としては、一般的に、
お客さんがいやな気分になるだろうことを解って芝居作りをすることになるのだ。
気がつかないでいやな気分にさせてしまっているのは無神経というもの。
しかし、今回は確信犯にならねばならないのだ。
はたして、そんなことが出来るのだろうか、
また、そうすることが正しいことなのだろうか?
私は迷宮の中に入り込んでしまった。
さて、作者に対してはちょっといじわるな書き出しになってしまいましたが、
ここで誤解の無いよう申しておきましょう。
私はけっして竹本氏の演劇に対する姿勢を批判したいわけではありません。
ただ、竹本氏が確信をもって言ったことは、一体どういうことを意味しているのか、
よく考えてみなければいけないということです。
なぜなら、氏はそのつもりでこの作品を創作したのですから。
何故いやな気分になってもらいたいのか、そう思うところに謎はあるわけです。
そして、そのことをふまえて、実際にどのような芝居作りをしていくのか、
方向を定めなければいけません。
新しい出会いは、新鮮な驚きをもたらすことが多多あるものです。
自分がこれまで慣れ親しんできたことでも、
違う視点から見てみると、無駄が目についたり、
逆により良い方法が発見できたりと、
芝居作りには、新しい出会いは欠かせないと言っていいでしょう。
まして、今回出会うことになった竹本氏は、
私が考えてもみなかった視点から戯曲を書いておられるわけです。
そして、その謎が解け、互いの意見が交わった時、
今回の芝居作りの方向が見えてくるのでしょう。
私はいつも演劇は社会の鏡であると思っています。
どんな内容のものでも、その時代に生きている人間によって演じられる限り、
その時代が反映されないことはないからです。
そして観客は、舞台の中に、自分の心に触れるものを発見したりしながら、
演じている役者の時間を体験するのです。
まるで、舞台で行われていることが、己れ自身の心を写し出してでもいるかのように。
それは今回の芝居作りでも同じこと。
きっと舞台の上には現代という、とらえ所のない闇が出現し、
お客さんは、そこに何かを発見することになるのですが……。
現代を舞台に載せる。
この試みは、たえず様々な分野で行われていることです。
希望を持ってか、絶望にうちひしがれてか、その視点は作り手によって様々でしょうが。
しかし、現代というものを舞台に載せるには、ある覚悟が必要です。
つまり、今、現実に社会で起こっている様々なこと、
たとえば事件として新聞を賑わしている出来事は、
常に人の想像力の追いつかぬ所を走っているかのようです。
そのことをなしているのが、やはり人であるにもかかわらずです。
そして、もしその出来事を芝居にしたとするならば、
それは出来事を分析し、ある視点をもつことに再生し、
観客の前に提示しているというわけです。
その時点で、舞台は現実社会と同次元には立てないということ。
ゆえに、現実を写しているというより、現実を批評しているという立場を、
ある覚悟をもってとらねばいけないのです。
勿論、舞台が虚構であるのは当然のこと。
そこで、より真実が浮き立つという逆説も成り立つわけですが。
さて、今回の芝居作りの初めに竹本氏の提示したことばは、その覚悟をもつにあたって、
どのように客席と向かい合うかを示唆しているのではないでしょうか。
現代といっても一口には語れない、混沌とした闇のような社会。
快適さなどどこへやら、毎日いやなことばかりの生活。
そう感じながら、次々に起こる信じられない事件の数々を目にしていると、
私達を取り巻く社会が、ある強大な悪を基盤として成り立っているのではないかと思えてしまうのも事実。
ある時、ふと自分自身を顧みた時、
けっして自分だけは健全だとは思えなくなってしまう恐怖。
まずは現状認識から、ということでしょうか。
稽古はいつも迷宮の中を彷徨うようなもの。
迷宮の出口が、より新しい出会いの場であることを願いつつ、さあ、きょうも元気に稽古場へ。
昨年末に〔アトリエ50〕と銘打って上演された
『マイ シスター イン ディス ハウス』『エレファント・マン』『ザ・ウィアー』はご覧いただけましたでしょうか。
お陰さまでどの舞台も大好評、お客様の反応もまことに良好で、
アトリエの50周年に、また20世紀の最後を飾るに相応しいイベントとすることが出来ました。
しかしそれも一つの通過点。
2001年のアトリエの会は、さらに一層の飛躍を期して、3月にはこの『柘榴変』を
6月には『ペンテコスト』を上演することが決まりました。
第一弾の『柘榴変』は、平成10年度文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞した折り紙付きの作品。
作者の竹本氏は1963年、東京生まれ。
早稲田大学演劇科卒。グラフィック・デザイナーとして活躍する一方、
インターネットで映画評やコラムを執筆するという多彩な顔を持っています。
この作品は日本劇団協議会発行の「新鋭劇作集11」に所載されていますが、
その巻末で演劇評論家の岩波剛氏は、次のように解説を加えています。
蝿の羽音、電子レンジのチン、無言電話・・・・・・。
クッキーの匂い、洩れるガス、こげる子供靴・・・・・・。
〈音〉がさりげなく耳に入り、〈匂い〉がたち登ってくる。
買いもの好きな妻、平穏な生活へのいらだちを抑えている夫、失業した友人。
この3人による対話でこの戯曲は成立している。
三人を結びつけるのは幼児「アッチャン」の役割だが、夫婦の関心はそこに向かわない。
対話はあるが、ほんとの対話にならない。だから〈音〉〈匂い〉がそこに入り込む。
沈黙が生まれる。
対話はとぎれ、その下にひそむひびわれが見えてくる。
現実のマンション生活の断面を鋭く切り取ったような感触である。
人物描写もほとんど断念している。
゛子捨て゛のラストへ向けて、
意志しないままエスカレートに乗ってしまって引き返せないような時間が流れてゆく。
只今絶好調の高瀬久男が3人の若手演技陣と共にどんな舞台を創り上げるか。
ご期待を!