| 2002.09.14更新 |
| 2002年文学座公演 紀伊國屋書店提携 平成14年度文化庁芸術団体重点支援事業 文学座創立65周年記念 |
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| 2002年10月3日(木)〜12日(土) 紀伊國屋ホール |
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| :出演: 八木 昌子・山田 里奈・倉澤 愛
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| 2002年 | 月 | 10 | |||||||||
| 日 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | |
| 曜 | 木 | 金 | 土 | 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | |
| 開演 時間 |
14:00 | - | - | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | - | ○ | ○ |
| 19:00 | ○ | ○ | - | - | - | - | ○ | ○ | ○ | - | |
前売・予約開始●2002年9月2日(月) |
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| 入場料 | ● | 一般5,500円 学生(取り扱い文学座のみ)3,800円 |
| (全席指定・税込) | ||
| ● | ||
| ● | チケットぴあ03−5237−9988/9999 | |
| ● | キノチケットカウンター | |
| (紀伊國屋書店 新宿本店5F 店頭販売のみ/10時〜18時30分) | ||
お問合せ |
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文学座 演劇制作部 担当:浜本久志 |
| 03−3351−7265(10時〜18時/日曜・祝祭日を除く) | ||
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| 【 配 役 】 | ||||||||||||||||||||||||||
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| 【 物 語 】 |
| 中江田英治は、工作機械の営業一筋に勤め上げてきた。 大手メーカーの子会社ではあったが、営業部長として会社を背負ってきたという自負もあった。 しかしこの不況下、業績不振を理由にリストラにあって失業中の身である。息子は結婚して海外勤務中で、自然と疎遠になりがち。 30年連れ添ってきた妻の元子とは離婚が成立したばかり。 タガが外れたというわけでもないが、部下だった若い女性に心が揺らいだりして、50歳を過ぎてなお、平穏な日々とは言いがたい状況にあった。 そんな英治の前に、一人の老人が現われた。 45年前に姿を消した英治の父、重行だった。 「ここに 住まわせてくれ」老父は唐突にそう申し出る。 しかし45年という空白を即座に帳消しに出来る筈もなく、英治は、老父の真意を計りかねて・・・・・・。 |
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| 【どんな舞台?】 |
| 非凡なことよりもよほど非凡な《平凡》 −「二本脚のただの人間」を描く山田戯曲− みなもとごろう (演劇評論家) 山田太一の作品について、90年に、ということは前世紀をさかのぼること十年ということになりますが、それまでの戯曲を概観して 〈 ここには、我々の問題が書かれているというコンテンポラリーな感覚と、人生や家庭というものに対して些か依怙地なまでに原則的であろうとする姿勢がある。現代の戯曲として読むに耐える作品群が、ここに確かにあるといえるだろう〉と書いたことがあります。 当時、テレビの脚本家が新劇や商業演劇のために盛んに戯曲を提供し始めたころで、ジェームス三木や田向正健などと並んで、演劇雑誌が「シナリオ作家の戯曲」という特集を組んだときに求められて書いたものです。当時は、確かにそれはひとつの目につく現象でしたが、わたしにはそうした表層的な現象よりは、山田太一という劇作家の世界そのものの発見に、眼を開かれた思いが強かったのです。 古今東西のドラマの主人公は、少なくとも己の人生観と周囲の状況との相克に悩むものなのです。いわばそこにある種の英雄的行為が生まれて、英雄ならざる観客であるわれわれはその行為に溜飲を下げ、拍手喝采で報いるわけです。それが、そもそもの劇的な行為と呼ばれるものでした。この場合、主人公は何らかの形で選ばれて存在しています。 しかし、山田戯曲は、この選ばれた存在に対する、ある種の異議申し立て、という表現が強すぎるならば、ある種の違和感がひとつの基調になっています。その最たるものを挙げれば、今回、『人が恋しい西の窓』の演出に当たる坂口芳貞の主演で、何度も再演されている『早春スケッチブック』という作品でしょう。 −和彦という息子を持つ未婚の母の都と、娘の良子を抱えて再婚した父省一。寄り合い所帯である。曲がりなりにも十年という歴史を刻んで、息子も大学受験というところに実の父親沢田竜彦が姿を現す。彼は世の凡俗を軽蔑して独身のまま自由に生きたカメラマンだが、今は脳腫瘍で失明寸前、死期も迫っている。竜彦が描いてみせる現在の父親の姿は平凡そのもの、大した学歴もなく小さな信用金庫の渉外課長にしがみついている省一と比べてみると、竜彦は人生のロマンに満ちて輝いて見える。娘もその輝きに惹かれてゆく。他人の集合に過ぎない現在の家庭を立派に護ってきた夫までもがどこか引け目を感じているのを見て、そうした刹那の輝きには実人生を牽引していく能力はないのをよく知っている都は、自分を孕ませて逃げ出した竜彦の実態を見せようと、彼の住む西洋館に家庭を連れて行く。まさにその夜、竜彦は息を引き取る。男の死を前にして、気の利いたことも言えないと卑下する省一だが・・・・・・。 都 ううん。お父さん、素敵。お父さん素敵。(と言葉とは裏腹に、竜彦を抱きしめて低く鳴咽する) 省一 なにが素敵なもんか。素敵な−。 良子、その省一に抱きつく。 立ちつくす和彦。 自分の身体をひきはがすように竜彦からはなれて立つ都。 ゆっくり省一の方を見、近づいて抱きつく。 省一、良子と都を抱き、なんとか威厳を保とうと、うなずいてみせる。 省一 素敵に、なりたいがな。 まことに凡庸なる男の凡庸なるつぶやきで終わる、はなはだ劇的ならざる幕切れです。と同時にこの劇的ならざるところこそ山田戯曲の劇性の最たるところなのです。 天下の「へそまがり」として知られるG・K・チェスタトンは、なんと『正統とは何か』という書物の中で、〈 あらゆる人間に共通な物事は、ある特定の人間にしか関係のない物事より重要だということである。平凡なことは非凡なことよりも価値がある。いや、平凡なことのほうが非凡なことよりもよほど非凡なのである。人間そのもののほうが個々の人間よりはるかにわれわれの畏怖を引き起こす。権力や知力や芸術や、あるいは文明というものの驚異よりも、人間性そのものの奇蹟のほうが常に力強くわれわれの心を打つはずである。あるがままの、二本脚のただの人間のほうが、どんな音楽よりも感動的で心を揺すり、どんなカリカチュアよりも驚きで心を躍らせるはずなのだ。〉(安西徹雄訳)と記しています。 現代の「父帰る」ともいうべき『人が恋しい西の窓』にも、家族や人生に対する思いが、ひとひねりして描かれていますが、実は、ひとひねりされているように見えること自体が、ひとつの思い込みによるものだといえましょう。肉親や他人というこの世の見せかけを通して「二本脚のただの人間」を描いて見せようとしたに過ぎないのです。まさに〈依怙地なまでに原則的であろうとする姿勢〉が健在なのを喜びたいと思います。 |
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| ワクワク、ドキドキの期待感が抑えてもなお湧き上がってきます。5月の渡辺えり子さんの時もそうでしたが、それに続く人気劇作家山田太一さんの文学座初登場。ところも同じ紀伊國屋ホールで10月3日に、待望の書き下ろし作『人が恋しい西の窓』が開幕を迎えることとなりました。
家族の崩壊と再生をリアルに描いて、テレビドラマの歴史に画期的な変革をもたらしたとされる『それぞれの秋』や『岸辺のアルバム』。『男たちの旅路』や『ふぞろいの林檎たち』といったヒットシリーズ。NHKテレビ小説『藍より青く』や同大河ドラマ『獅子の時代』などなど。数々の賞を受けたこれらの名作ドラマを列挙するだけで充分、それ以上の作者紹介は無用でしょう。 脚本家としてだけでなく、山田太一さんは、第一回山本周五郎賞を受賞した『異人たちとの夏』をはじめ『飛ぶ夢をしばらく見ない』『丘の上の向日葵』などの小説も次々に発表。さらに近年は、『早春スケッチブック』『砂の上のダンス』『日本の面影』『浅草・花岡写真館』といった問題作・話題作により、戯曲作家としても大活躍をみせています。 山田太一作品、なかでもそのホームドラマにおいては、突然の闖入者(トリックスター、いたずら者)によって家族それぞれの秘密や隠された欲望があばかれ、そこから家族の崩壊が始まるという経過をたどります。しかし、今回の『人が恋しい西の窓』では最初からすでに家庭は壊れています。主人公の英治は長年勤めた会社をリストラされ、やはり長年連れ添った妻とも離婚したばかりです。別に所帯を持つ息子は海外勤務で家に寄りつきません。そんな英治の住居に、子供の頃に家を捨て行方不明だった老父が何の前触れもなく闖入してきます。今回のトリックスターはどうやらこの老父重行のようであり、さらにその役割もいつもとは多少変わっているようです。 互いに孤独な英治と重行の奇妙な親子関係がどんな結果をもたらすのか。あとは見てのお楽しみとしておきましょう。 長年テレビドラマの制作に関わってこられ、現在は実践女子大学講師の平原日出男氏は、その著書『山田太一の家族ドラマ細見』(小学館刊)の「あとがき」で、山田作品の魅力を次のように記しています。 −人生にはいやなことがみちみちている。ある意味で、それは受苦の世界といえる。テレビ、とりわけテレビドラマというすぐれた大衆的な表現メディアでは、人間を描く上で、どこかに人生の応援歌であることを迫られるところがある。だれによって迫られるのか。むろん、大衆にである。それは多分、テレビの本質にかかわる大事な問題である。そういうことをふまえた上で、人々の心の現実、失意や夢を描きだすところに、テレビのすぐれた表現があると考えられる。山田氏はそれをトリックスター的人物をとおして具現するのだが、人々はそこに作者の人生応援歌としての旋律を聴きとっているのだろう。 1984年の初演以来地方公演も含めて何度も再演されてきた『早春スケッチブック』−その主人公の一人を変わらず演じ続けている坂口芳貞が、今回は主演を兼ねて山田作品の初演出に挑みます。離婚したばかりの妻・元子には八木昌子、現代版「父帰る」の重行に飯沼慧、便利屋の瀬口に三木敏彦、英治の部下だった由美に山田里奈、重行の知り合いだという亜紀と竜一の若者二人に倉澤愛と粟野史浩と、適材適所のベテラン・若手演技陣もまことに楽しみ。 山田太一=作、坂口芳貞=演出『人が恋しい西の窓』−10月・紀伊國屋ホールの舞台から作者はどんな人生の応援歌を届けてくれるのでしょうか。ワクワク、ドキドキしながら待ちたいと思います。 |
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| 「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」をはじめ数々の名テレビドラマ、映画脚本、小説を手がけ、今年も2月にドラマ「この冬の恋」(フジTV)、3月には小説「彌太郎さんの話」(新潮社)、6月に舞台「浅草・花岡写真館」(地人会)等、精力的に活躍を続ける山田太一氏の新作が、文学座に初登場です。 山田作品の根底に常に流れている、ささやかな人生や人間の弱さに向けられた暖かい眼差しが、世代を越えた共感と感動を生んでいます。 劇団創立65周年の秋、また一つ新たな家族のドラマが誕生します。 ぜひともご期待ください。 |
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