| 平成15年 文学座3月公演 平成14年度文化庁芸術団体重点支援事業 文学座創立65周年記念 |
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Don Juan |
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| 2003年3月12日(水)〜20日(木) 世田谷パブリックシアター(託児サービス有り) TEL 03−5432−1526 |
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前売・予約開始●2003年2月8日(土) |
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| 入場料 | ● | 一般A席6,500円/B席4,000円 学生(取り扱い文学座のみ)3,800円 (託児サービス有り) |
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| (全席指定・税込) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ● | チケットぴあ 0570−02−9988 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ● | くりっくチケットセンター 03−5432−1515 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
お問合せ |
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文学座 演劇制作部 担当:浜本久志・中島 健 |
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| 03−3351−7265(10時〜18時/日曜・祝祭日を除く) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 【 配 役 】 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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撮影・BAKU斉藤 |
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| 【 物 語 】 |
| 貴族の息子で、放蕩の限りを尽くすドン・ジュアンは、修道院から強引に連れ出してまで結婚した妻エルヴィールから逃れて旅に出ている。美しい女をあらゆる手管を用いて攻め落とすところに恋の醍醐味があり、一度手に入れたら情熱はたちまち冷めてしまうというドン・ジュアン。従僕スガナレルはそんな主人の暮らしぶりを諫めるが、一向に耳を貸そうとしない。あとを追ってきたエルヴィールをすげなく追い返し、ドン・ジュアンはスガナレルを連れて新たな恋の冒険へと船出する。 乗った船が難破して、主従は命からがら海岸に流れ着き、百姓のピエロに助けられる。早速ドン・ジュアンは、そこで出会った田舎娘マチェリーヌを口説き落とし、さらには、命の恩人ピエロの許婚者シャルロットにまで言葉巧みに言い寄る始末。そんなところへ大勢の追っ手が迫っているという報せが届く。田舎娘二人の恋の鞘当てから逃げ出す潮時とばかりに、ドン・ジュアンとスガナレルは再び旅を続ける。 主従交代して医者とその従者に変装した二人は、とある森へと差しかかる。そこでドン・ジュアンは、追いはぎに襲われた貴族に加勢して暴漢どもを見事に追い払う。貴族はドン・カルロスと名乗り、妹エルヴィールの受けた恥辱を晴らすため、弟とともに仇敵のドン・ジュアンを探しているのだと告げる。遅れて駆けつけた弟のドン・アロンス。ドン・ジュアンに気づいて打ちかかるが、兄はそれを押し止め、またの再会を約して立ち去る。兄弟と別れた主従は、ドン・ジュアンが以前手にかけた騎士の石像が立つ墓へとやってくる。そして、戯れに騎士を晩餐に誘うと、動かぬはずの石像がうなずいた。 ドン・ジュアンの屋敷。借金取りのディマンシュをうまく丸め込んで追い返したところへ、父のドン・ルイ登場。息子に愛想を尽かした父親の長いお説教からやっと開放されると、今度はエルヴィールがやってくる。世を捨てる覚悟で、神罰を逃れるために身持ちを改めるよう、エルヴィールは懸命に呼びかけるが、ドン・ジュアンはもちろん聞く耳を持たない。やがて晩餐が始まり、招待に応じて石像が現われる。仰天するスガナレル、泰然自若のドン・ジュアン。今度は逆に石像がドン・ジュアンを食事に招き、ドン・ジュアンはそれを快諾する。 そしてこのあと、ドン・ジュアンとスガナレルを待ち受けるものは……。 |
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| 【どんな舞台?】 |
| 『ドン・ジュアン』、この危険な芝居 秋山伸子(青山学院大学文学部フランス文学科助教授) モリエールの『ドン・ジュアン』(1665年初演)ほどわくわくする芝居はない。 ドン・ジュアンの前にさまざまな人物が現われては消えていく。その度に、ドン・ジュアンは違った表情を見せ、私たちの表意をつく。宮殿に姿を見せた直後には、難破して海岸にうちあげられる。と思えば、次は森の中に迷い込む。追い剥ぎに襲われている貴族に助太刀し、大立ち回りを見せる。森の奥の墓からは壮麗な霊廟と騎士像が現れる。騎士像は、夕食の招待にうなずいて応え、屋敷までやって来る。騎士像に手を差し出したドン・ジュアンの上に雷が落ち、地面は裂け、ドン・ジュアンを飲み込む。地面の裂け目からは大きな炎が立ち昇る。これほど見せ場に富んだ芝居もないだろう。 実はドン・ジュアンの主題を最初に芝居にしたのはスペインの劇作家ティルソ・デ・モリーナであった(1630年頃)。これがイタリアやフランスに流れ込み、舞台にかけられていた。モリエールが『ドン・ジュアン』を発表する5年前にはふたりの劇作家がドン・ジュアンを主題とした芝居をパリの舞台にかけていたが、動き、言葉を話す石像などの仕掛けが人気を呼んでいた。劇作家であると同時に、パリの劇団の座長でもあり、俳優でもあったモリエールが、この主題を取り上げたのは、当然であった。このときモリエールは43歳、10余年の地方巡業で芸に磨きをかけたのち上京し、パリを拠点に公演を始めて6年余りが経過していた。『ドン・ジュアン』初演の前年には新作を3つも発表し、劇作家として乗りに乗っていた。そのうちのひとつ『タルチェフ』は、偽善的な聖職者を痛烈に批判したものであったため、王太后アンヌ・ドートリッシュとその取り巻きに代表される古い宮廷の強い反発を引き起こし、王もこの作品の上演を直ちに禁ずることを余儀なくされた。この新作で大当たりを取れると踏んでいたモリエールには大変な打撃であった。『タルチェフ』の穴を埋め、大当たりを確実に取れる芝居、それが『ドン・ジュアン』であった。 こうした事情もあってか、モリエールの『ドン・ジュアン』は、従来の『ドン・ジュアン』とは趣がいささか異なる。それまでは、放蕩の限りを尽くした主人公が、最後には天罰を受けて破滅するさまを見せ、これを教訓とすべしと観客に説く場面が続いていたが、モリエールの『ドン・ジュアン』では、教訓色は薄められているばかりか、嘲りの的となっているようにさえ感じられる。それが端的に現われているのが、幕切れの従者スガナレル(この役はモリエールが演じた)の台詞(「ドン・ジュアンさまが死んで、みんな満足。[……]かわいそうなのは俺さまひとり。俺の給料、俺の給料、俺の給料!」)である。そもそも、モリエールの『ドン・ジュアン』では、先行作品とは違って、主人公が女性を誘拐したり、その女性の父親を殺害したりといった悪辣な姿を見せる場面はない。なぜか、ドン・ジュアンの計画はすべて未遂に終わる。そればかりか、ドン・ジュアンは、追い剥ぎに襲われている貴族を助けようと身を投げ出す、<英雄的な>行動まで起こしている。このエピソードは先行作品には見られない。ここばかりではない。ドン・ジュアンがこれからは偽善者の仮面をつけて生きていこうと決意表明をする場面、これも、モリエールが新たに書き加えたものである。つまり、モリエールのドン・ジュアンは、タルチェフになることを選んだのである。その直後にドンジュアンに死がもたらされるのは、実に象徴的ではなかろうか?『タルチェフ』を上演禁止に追いやった者たちへの批判の矢が、『ドン・ジュアン』の結末に巧みに織り込まれているとも考えられるのである。批判の矢を向けられたものたちは黙っていなかった。 さらに悪いことに、『ドン・ジュアン』に強い反発を感じたのは、タルチェフたちばかりではなかった。自らの欲望に歯止めをかけず、神への信仰もないドン・ジュアンは、王の取り巻きの新しい宮殿の放蕩貴族たちの似姿でもあった。彼らもまた、偽善者の仮面をつけることで、体面を取り繕うとしていたのである。自分達のイメージが投影されたドン・ジュアンが罰を受けて破滅する芝居を放置しておくわけにはいかなかった。『ドン・ジュアン』は信仰に篤い古い宮廷の貴族ばかりか、新しい宮廷の放蕩貴族の反感までも買ってしまったのである。モリエールの庇護者太陽王ルイ14世も、こうした反発を抑え込む事はできなかった。この作品はわずかひと月、15回の公演を最後に姿を消し、モリエールの生前は二度と舞台にかからなかった。そして、モリエールの死後に刊行された台本(1628年)は、当局の検閲を受け、不適切な箇所を削除された。さらに、その後上演台本として使われたのは、モリエールの台本を別の劇作家がリライトしたもので、19世紀半ばまで、初演時の台本は封印されてしまったのである。 |
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| 新年おめでとう!と申し上げたいところですが、どこを見渡しても相変わらず景気のいい話題はほとんど無し、当分は我慢我慢が続きそうです。でも、そんな日々の暮らしをしばし忘れて、せめてひと時なりと浮世の憂さを笑い飛ばしていただきたい。そんな願いも込めて2003年の文学座は、モリエールの傑作喜劇『ドン・ジュアン』を上演作品のトップバッターに選びました。鈴木力衛=訳、野田治彦=脚本、西川信廣=演出、そしてタイトルロールのドン・ジュアンに渡辺 徹という布陣。現代感覚に溢れた明るくエネルギッシュな舞台をお届けしようと張り切っています。 文学座では1974年にも一度上演されていて、加藤新吉演出、江守 徹のドン・ジュアンによる画期的な舞台が大評判を呼びました。以来ほぼ30年ぶりの再登場。ですから今回は再演というよりも、スタッフ・キャストを一新した全く新たなモリエール喜劇への挑戦と言えます。ちなみに文学座がこれまでに取り上げたモリエール戯曲は『守銭奴』『女学者』『ドン・ジュアン』『人間ぎらい』の四作品で、いずれもが演出・演技ともに高い評価を獲得し、その時々を彩る名舞台として確かな実績を残してきました。文学座ならではのモリエール喜劇、今回の『ドン・ジュアン』にもまた、是非是非ご期待いただきたいと思います。 ドン・ファン伝説 ドン・ファン。死語とまでは言えないものの、最近はあまり使われなくなりました。それでも、ドン・ファンといえば私たちはすぐに、あるイメージが湧いてきます。「広辞苑」によれば以下のとおり―― ドン・ファン〔Don Juan〕@スペインの名家の息子で、バロア家の娘と駆落ちし、女を殺したために処刑されたと伝えられる漁色家。ティルソ・デ・モリーナ及びモリエールの戯曲やモーツァルトの歌劇、バイロンの詩、R・シュトラウスの交響詩などはこれを潤色。A転じて、漁色家の意に用いる。 今日に至ってもなお、この希代のプレイボーイとお目もじが叶うのは、確かにモリエールやモーツァルトのおかげ。ロレンツォ・ダ・ポンテの台本によるモーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』は1787年10月にプラハで初演されました。物語は、好色な貴族ドン・ジョヴァンニが村の娘のドンナ・アンナやツェルリーナを誘惑しようとして失敗し、ついには、決闘で刺し殺した騎士長の石像によって地獄に落とされるというもの。モーツァルトの最高傑作のひとつであり、昔も今も全世界で上演され続けていることはご存知の通りです。この『ドン・ジュヴァンニ』に遡ること約百二十年、同じドン・ファン伝説を素材としてモリエールは『ドン・ジュアン』を書き上げました。同時にモリエールは、それまでの先行作品には全く見られない複雑怪奇で、しかも悪党でありながら、どこかに不思議な魅力を秘めた新しいユニークなドン・ジュアンの人間像を創造するのです。 名作『ドン・ジュアン』 シェイクスピアと並ぶ世界演劇史上の巨人モリエール。その代表作『ドン・ジュアン、もしくは石像の宴』の初演は、1665年2月15日、パレ・ロワイヤル劇場。作者はこのとき43歳、作家としての力量と気魄の最も充実した時期の作品で、『タルチェフ』『人間ぎらい』と共に、モリエールの三大傑作喜劇の一つに数えられています。が、そうした評価が定まったのは後々のことで、そのスタートはあまり幸福とは言えません。前年に発表した『タルチェフ』が宗教界からの圧力で一般公開を禁じられ、仕方なく作者は急遽『ドン・ジュアン』を書き下ろします。この新作は大当たりをとりますが、前作と同様の理由からわずか15回で上演中止の憂き目に遭いました。 放蕩貴族、宗教を食い物にするえせ信者、偽善者などを痛烈に諷刺したこの作品はモリエールの生前には二度と上演されることなく、ようやく復活したのは19世紀の半ばだったといいます。しかしこの事実が逆に、時代と人間への鋭い諷刺を生命とする喜劇としての価値を充分に証明しているのではないでしょうか。 20世紀に入っても、本家のコメディ・フランセーズを始め数多くの上演を重ねる傑作喜劇。ルイ・ジュベ、アナトーリイ・エーフロス、イングマル・ベルイマンといった天才演出家達も、この問題作に触発されて、それぞれ独自の舞台を創り上げているとのことです。 喜劇にも定評ある西川信廣の演出、明るい持ち味と抜群のコメディセンスを発揮してきた渡辺 徹のドン・ジュアンと、やはり喜劇を得意とする清水明彦のスガナレルという主従コンビ、さらには適材を得た中堅・若手の演技陣。21世紀のまったく新たな『ドン・ジュアン』の誕生が待たれます。 |
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| コルネイユ、ラシーヌと並び、フランス三大古典劇作家にかぞえられるモリエール。その多くの作品の中でも『タルチュフ』『守銭奴』『スカパンの悪だくみ』とならぶ代表作『ドン・ジュアン』。後にモーツアルトの歌劇『ドン・ジョバンニ』の題材にもなったスペイン伝説の放蕩貴族を主人公に、17世紀の当時としては大胆な、宮殿から海岸、海岸から森の中へと目まぐるしく変わる場面展開や、主人公ドン・ジュアンの女好き、無神論者、偽善者、いくつもの「顔」を次々に見せて観客の意表をつき、魅惑の罠に絡め取っていきます。 文学座では1974年に江守 徹が演じ大好評を博しましたが、今回29年ぶりに渡辺 徹と気鋭の演出家・西川信廣を中心にエネルギッシュに蘇る喜劇にご期待ください。 |
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| 【地方公演】 | ||||||
撮影・BAKU斉藤 |
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