平成15年度文化庁芸術団体重点支援事業
2003年4月 文学座アトリエの会

ホームバディ/カブール
Homebody/Kabul
トニー・クシュナー
名和 由理
演出 松本 祐子
ガイドブックに導かれ、未知の国アフガニスタンへと旅立った
英国人女性ホームバディは、首都カブールで消息を断った。
1998年のタリバン政権下のカブールで彼女が出会ったのは……。

“2001・9・11”ニューヨークテロ事件以前に書かれた作品だが、
描かれていることは、《いま》にほかならない。

2003年4月19日(土)〜5月1日(木)

信濃町・文学座アトリエ
(ここをクリックすると地図が出ます)

公演情報 配 役 物 語 どんな舞台? チラシ拡大版
:出演:
加藤 武坂口 芳貞林 秀樹戸井田 稔
浅地 直樹若松 泰弘椎原 克知
吉野 佳子富沢 亜古山本 深紅

:スタッフ:
美術 …… 島 次郎 | 舞台監督 …… 神田 真
照明
……
金 英秀
| 制作 …… 伊藤 正道
音響効果
……
藤田 赤目
| 票券 …… 松田 みず穂
衣裳
……
前田 文子
|

【 公演情報 】

2003年
19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
開演
時間
13:30 - - -
18:30 - - - - -
前売・予約開始●2003年3月15日(土)
料金 前売・電話予約3,500円/当日3,800円(全席指定・税込)
当日券は開演の3時間前より 03-3353-3566(文学座当日券申込専用) で承ります。
チケット取り扱い 文学座チケット専用0120−481034(10時〜17時30分/日祝を除く)
チケットぴあ0570−02−9988
お問合せ 文学座 03−3351−7265(10時〜18時/日曜・祝祭日を除く)
演劇制作部(担当:伊藤正道)
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【 配 役 】
ホームバディ …… 吉野 佳子
カリ・シャー医師 …… 林 秀樹
ムッラー・アフタル・アリ・ドゥラーニー …… 加藤 武
ミルトン・シーリング …… 戸井田 稔
クアンゴ・トゥイスルトン …… 若松 泰弘
プリシラ・シーリング …… 山本 深紅
ムンクラート …… 椎原克知
クワジャ・アジズ・モンダナホジュ …… 坂口 芳貞
ザイ・ガルシ …… 浅地 直樹
マハラ …… 富沢 亜古
マラブー …… 林 秀樹
国境警備兵 …… 椎原 克知
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【 物 語 】
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【どんな舞台?】
芸術家は沈黙してはならない
名和由理


『ホームバディ/カブール』の作者トニー・クシュナーは、1956年マンハッタンで生まれた。ユダヤ系であり、社会主義者であり、ゲイであることをカミングアウトしているこの作家は、コロンビア大学卒業後、ニューヨーク大学大学院で演出を学び、1980年代から劇作を始めた。初期の頃はゲーテやコルネイユといった古典の翻案作品や子供劇なども手掛けていたが、近年は、管理された政治体制における倫理責任を問うような政治劇に意欲的に取り組んでいる。クシュナーの名を世界的に有名にしたのは、反共マッカーシズムとエイズ問題を扱った大作『エンジェルス・イン・アメリカ』で、この作品は1993年ピューリッツア賞、トニー賞ほか数多くの賞を受賞し、20世紀を代表する名作戯曲の一つと評価された。本邦初演の『ホームバディ/カブール』は、クシュナーの最新作である。
 『ホームバディ/カブール』は、9・11同時多発テロの直後、2001年12月から翌年3月までニューヨークのシアター・ワークショップで上演された。しかし、舞台になっているのは、1998年、クリントン大統領がコスト地方を爆撃した直後のアフガニスタンである。タリバンの圧制を暴き、テロを予言するような台詞やビン・ラディンの名前も登場するが、2000年に戯曲は完成しており、初日間近にテロが起きたのは偶然であった。情勢を配慮して上演の延期や中止を求める声もあったものの、クシュナーは「悲惨な時代にこそ芸術家は沈黙してはならない」と応え、内容の変更も行なわなかった。結果的には、開幕前から大変な評判を呼び、連日完売で上演期間が2回延長され、オビー賞とドラマティスト・ギルド賞を受賞した。クシュナーは昨年秋、映画監督オリバー・ストーンや女優スーザン・サランドンらと共に、イラク侵攻に対する反対声明も発表している。
 1幕は、ホームバディ(“家に引きこもりがちな人”という意味)と名づけられたイギリスの孤独な中年主婦が、現実と空想の間を往来しながら、ついにはカブール旅行を決意するまでのモノローグ。2幕と3幕は、ホームバディの遺体を引き取りに来た夫と娘がイスラム圏で過ごした3日間の顛末。その1年後のロンドンで幕は下りる。
 劇中には、アフガニスタンの言語であるダリー語とパシュトゥ語の他に、アラビア語、フランス語、エスペラント語が入り交じる。前後の脈略から推測できるように書かれてはいるが、多くのお客様にとって意味不明と思われる台詞もいくつかある。その中から、3幕4幕での国境警備兵とマハラの会話をご紹介しよう。

 警備兵「ブルカをかぶれ(パシュトゥ語)」
 マハラ「くたばれ!お前こそブルカをかぶれ、この間抜け!(パシュトゥ語)」
    →ミルトンには「礼儀正しい青年です」と通訳する。
 警備兵「イギリス人の男はみんなホモだ、彼氏にもそう言え!(パシュトゥ語)」
 マハラ「畑に戻りやがれ、パキスタンの百姓!(ダリー語)」

 ストーリー中、笑いを取れる貴重なやり取りが、難しい外国語で残念!
 さて、この作品を通して伝えたかったテーマを、クシュナー自身は「アフガニスタンと欧米諸国との歴史的関係、旅行記、別世界を模索することで得られる知識と経験、別世界に逃避することで忘れられる日常生活の不幸、人災、世界規模の政治問題、深い悲しみ」と語る。そして、“崩壊寸前の家族関係”、“イスラム国家と欧米の対立”という異質な二つの題材を、discommunicaiton(コミュニケーションの無さ)という視点から融合させた。価値観の異なる複雑な関係の下で、激しく苦悩する登場人物たち。しかしクシュナーは、極限状態を乗り越えたものたちを待つものが、再生への希望であることを信じている。

あなたには目があるのですか?
松本祐子


 この原稿を書いている3月14日現在、テレビではアメリカのイラク攻撃に関する国連での決議案が来週まで引き伸ばされたことが報じられている。しかし決議案がどうになるにせよ、アメリカが戦争を始める可能性は限りなく高いようだ。そして私は自分の無力を感じながら『ホームバディ/カブール』の稽古をしている。この文章が他者の目に触れる頃、戦争は始まっているだろうし、もしかしたらアメリカの激しい空爆のおかげで終わってしまっているかもしれない。この文章を読んでいるあなたに「何を今更」と思われるのを承知で、今日の私の思いを伝えたい。
 テレビには戦争賛成派と反対派それぞれの人が映し出されている。生まれてから一度も痛い思いをしたことのなさそうなハンサムなアメリカの青年が戦争の必要性を自信満々に語っていた。その想像力の無さに驚いてしまう。『多少の民間人は死ぬだろう』と平気で言ってのけられるのは、どうしてなんだろう?アメリカ以外の国にはあなたと違う価値観を持った人がいるかもしれないことを考えもしないのだろうか?しかしそのハンサム君に怒りを覚えながら、ふと自分の顔を鏡で見てしまう。「そういうオマエはどうなんだい?」私たちは、少なくとも私はその男よりも他者に対する好奇心と想像力という点において劣っていないのだろうか?どれだけ広い視野を持って生きていると言うのだろう……?他者に自分の価値観を押し付けてはいないだろうか?演出という仕事自体、自分の価値観を周りに押し付けまくってひとつの作品を作り上げていくエゴイスティックな仕事。ひどく残念だけれど、えらそうなことが言えるほど私自身何もわかっていないのだ、でも少なくとも自分が何にもわかっていない、戦争というおろかな行為を押しとどめるために有効なことをしていないことだけはわかっている。情けないことだけど全ては自覚することからしか始められない。
 一昨年『ペンテコスト』という作品を演出したとき、私は「知らないことを知りたくて」と書いた。様々なバックグラウンドを抱えた難民が登場するこの作品は私にとって、少しは自分の周りの社会を見ろよという声のするドアだった。登場人物の中にアフガニスタンからの難民というのがあった。当時の私はカブールというのが、アフガニスタンの首都だということも知らなかった!なんという無知!! そしてこの作品を上演した約2ヵ月後にあの忌まわしい事件がおきた。突如アフガニスタンを知らない人はいなくなってしまった。普段は国際社会に関心の無い私を含む人々もアフガニスタン国境地域からの映像に目が釘付け。反米感情をあらわにするターバンを巻いた男たち。なぜあのような憎悪が育まれていることに目を向けずに来たのかと問いかけずには入られない。「あなたには目があるのですか?」というのはハムレットがガートルードに吐く台詞だが、この言葉は今の私たちにこそふさわしい。何も国際情勢とか政治に限ったことではなくて些細なこと、恋人が寂しそうだったとか、庭の花が芽吹いたとか、そんなことも含めて目を向けてみたい。いま目を開けてみないと、あとでひどく後悔をするに決まってる。見ること知ることはとっても疲れることだけど、せっかくこの情報過多の時代に生まれたのだから負けずに戦えと、自分を叱咤激励するしかないのだ。

 この文章が読まれる頃、何が起きているのだろう?
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 2003年の文学座アトリエの会は、トニー・クシュナー=作、名和由理=訳、松本祐子=演出
HOMEBODY/KABUL』でそのスタートを切ります。
この作品は、2000年に発表され、9・11同時多発テロのほぼ3ヵ月後、2001年12月5日にニューヨーク・シアター・ワークショップで開幕し、一大センセーションを巻き起こしました。
次に、そんな反響の一つをまずご紹介しておきましょう。
  「AMERICAN THEATRE」'02年3月号に掲載された、劇作家ジェームズ・レストンJr.の一文から。

――私は愚かな想像をしてしまった。もし9・11が起きていなかったら、追悼セレモニーに心を動かされることもなく、アメリカ軍のアフガニスタン報復攻撃もなく、テロと戦火の犠牲者やイスラム過激派について書かれた記事などを読むことがなかったら、この素晴らしい戯曲に私はどう向かい合っていただろうかと。
  しかしそれは無用の想像だった。作品とそれらの出来事との結びつきはあまり強く直接的で、作者も観客も現実から目をそらすことはできなかったが、それでもなお充分な創造性と純粋な芸術性がこの舞台には満ち溢れていた
。――
 作者トニー・クシュナーは、1990年に発表した『アメリカの天使たち』で一躍脚光を浴びました。ゲイとエイズの問題を正面から描くこの出世作は、壮大な展望のもとに、辛辣な笑いと奔放な想像力で現代アメリカの病根に迫ろうとする、ピューリッツア賞までも受賞した政治劇で、その舞台はトニー賞ニューヨーク劇評家賞を受賞しました。さらに94年には『スラブたちよ!』を発表、こちらはゴルバチョフ登場直前のモスクワを舞台にした、喜劇味たっぷりの文明批評劇です。
  一昨年の『ペンテコスト』で確かな演出手腕を発揮した松本祐子が、今回もまた、過酷な政治情勢に翻弄される人々の悲劇を描いた問題作に挑戦します。加藤 武・坂口芳貞・林 秀樹・戸井田稔・若松泰弘・吉野佳子・富沢亜古・山本深紅といった、ベテランから若手までの多彩な演技陣も稽古開始を待つばかり。4月19日からのアトリエの舞台にどうぞご期待ください。

  前掲の文章の最後を筆者は次のような言葉で結んでいます。
――9・11同時テロの根本原因に興味を抱き、愛国心の霧の向こうに差別の問題を見ることができ、神にさえも見捨てられた土地からどうしたら抜け出せるかを考え、こうした悲劇を少なからず自分自身のものとして直視したいと思う人たち。そんな人たちにこそこの作品、この舞台を見てほしいと、私は願っているのだ。――

作者のトニー・クシュナーは1956年、マンハッタンで生まれ、ルイジアナ州のレークチャールズで成長しました。コロンビア大学およびニューヨーク大学で学んだ後、80年代の初期から劇作活動を始めました。彼の名声を高めたのは、なんといっても『エンジェルズ・イン・アメリカ』です。1993年度のピュリツアー賞、トニー賞などの賞を受賞しました。『ホームバディ/カブール』は2000年の作品。9・11テロ事件以降のニューヨークで上演され、大きな反響を呼びました。
演出の松本祐子は、1999年6月のアトリエの会「冬のひまわり」(作・鄭 義信)、11月の本公演「翔べない金糸雀の唄」(作・松永尚三)で鮮烈な演出デヴューを飾りました。1999年の暮れから1年間、文化庁在外研修員としてロンドンにて研修。その研修成果を披露した『ペンテコスト』(2001年6月アトリエの会)は、その国際社会の暗部を描いた挑戦的な舞台として大評判を呼びました。
 今、世界の耳目を集めるイスラムの世界。トニー・クシュナーの描く本邦初演の問題作に、どうぞご期待下さい。
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