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2004年11月1日〜12月21日 中部・北陸、関越ブロック |
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2005年1月12日〜2月13日 神奈川ブロック、富士見 |
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| :出演: 金内 喜久夫・外山 誠二・大原 康裕・若松 泰弘・大場 泰正・助川嘉隆 神保 共子・南 一恵・山本 道子・目黒 未奈
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| 【 物 語 】 |
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花田青児には光児という双子の兄がいた。光児は子供の頃からすばしっこく、どちらかというと鈍重で素朴な青児は兄に翻弄されるばかり。そんな兄が戦時中、何故か志願して予科練に入隊し、戦死してしまう。 青児は今、75歳。いまだに独身で、戦後はずっと光児の妻の春、一人息子光男とその妻良子、二人の娘の笑と一緒に暮らしてきた。光児の一家を青児が養ってきたのだが、これには様々な理由があった。 そのひとつは、光児が自分の身代わりに出征し戦死したのではないかという、兄に対する負い目だった。そしてもうひとつの理由。青児は春に恋していた。初恋だった。それを要領の良い兄に奪われたのだが、春を支えたいという思いが青児にはあった。 2つ年上の春はアルツハイマーで、正気と狂気の世界を行き来していた。青児は必死で春の世界に付き合い、その世界の中で兄を演じているのだが、時々どちらが本当の世界なのかわからなくなることがある。またこの家には、青児の幼なじみで、昔から青児に思いを寄せている女医の竜子も時々顔を出す。 青児には秘密があった。元は兄の書斎で、今は青児の暮らす部屋に黒猫が迷い込み住みつくようになってから、不思議なことが起こるのだ。戦死したはずの兄が時折現われるのである。 青児はいつか春と結婚したいと思い続けている。竜子も青児と一緒になりたいと思っている。良子は光男と別れたいと思っている。さてこの一家はどうなるのか?兄の戦死のナゾは解けるのか? 庭の桜の大木を取り囲む闇。その闇の中から時々現われるものの正体は? |
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| 【どんな舞台?】 |
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待ち焦がれた月光 林 あまり(歌人) 芝居を観るのが大好きな私。悲しいときも苦しいときも、芝居を観ることが心の慰めである。 なかでも私にとって最も重要な意味を持つのが渡辺えり子の芝居だ。もし私が今後ただ一人の劇作家の作品しか観ることが許されないとしたら、ためらうことなく渡辺えり子の芝居を選ぶ。 渡辺えり子の芝居と出合ったのは1982年、19歳の時だ。ある晩、なにげなくつけたTVの舞台中継の面白さに、すっかりひきこまれてしまった。登場人物は忙しく動き回り、押入を出たり入ったりし、押入の向こうにはまったく未知の世界がある、そんな芝居。 新聞でチェックすると、作品名は『夢坂下って雨が降る』、劇団名は3○○。この劇団の芝居、絶対にナマで観たい!と思った私は翌日「ぴあ」で調べ、さっそく次の公演『花咲く頃の憂欝』の前売チケットを買った。 ところが芝居の当日、38度の熱が出た。あきらめようか、と悩んだものの、どうしても観たかったので、フラフラしながらも劇場に向かった。そして私は、文字通り熱にうかされながら、夢うつつの中で渡辺えり子の劇世界と遭遇したのである。 そのときの衝撃はいまも忘れない。19歳の私は演劇ファンであったものの、魂をゆさぶられるような舞台にはまだ出合っていなかった。舞台に何を求めているのか、自分でもよくわからないでいた。 しかし突然、すべてがはっきりしたのだ。 ああ、私が求めていたのはこれだったんだ。私の観たい芝居はこれだったんだ、と。それまでわけもわからず求めてきたものが、いきなり形をとって目の前に出現したのである。 それからはもう、夢中で渡辺えり子の劇世界を追いかけた。『小さな夜とはてなしの薔薇』、『オールドリフレイン−花粉ノ夜ニ眠ル戀−』、『風の降る森』等々、いくつもの舞台が私の記憶の中でいまも輝いている。 渡辺えり子の魅力は、なんといっても、その「夢みる力」にある。どんなつらい現実にあっても、主人公の夢みる力を奪うことだけは誰にも出来ない。夢みる力はどこまでも響きわたる笛の音のように、切なく私の胸に届く。 そんな渡辺えり子作品が観られなかった期間があった。3○○解散後の数年間のことだ。私にとってこの期間がどれほどさびしく、つらかったことか。よそのどんな劇団の芝居を観ても心から楽しめず、いつも心のまんなかにポッカリ穴が開いたままだった。もう3○○の芝居は観られないのだ、永遠に失われてしまったのだと思うたび、胸の奥が痛くて痛くて途方に暮れた。 だが、夜明けが訪れた。 2001年、5月。渡辺えり子は新しいユニット宇宙堂をたちあげて、新作『星の村』を上演した。 ああ、これだ。これだったんだ。ずっと埋まらなかった心の空洞を埋めてくれるもの パズルの最後の1ピースがぴったりとはまるように、『星の村』は私の心の穴にはまった。舞台を見つめているだけで、涙があふれて仕方がなかった。 孤独な初老の女を演じるもたいまさこの存在がまた良かった。私の飢えをじゅうぶんに満たし、さらに傷を癒し慰めてくれた。孤独をこのように演じてくれる役者がいるとはなんという至福。 劇作家・渡辺えり子が帰ってきたこと、それは私の人生にとってかけがえのない喜びである。2002年初夏は宇宙堂の公演のほかに、初めての文学座への書き下ろしもあるというのだから、こんなにうれしいことはない。 文学座公演のタイトルは『月夜の道化師』だという。久しぶりの渡辺えり子月<Vリーズか?とわくわくする。1989年の『月の上の夜』、1993年の『月に眠る人』といった月≠ノまつわる名作が思い出され、新作への期待をかきたてられずにいられない。 大好きな『月に眠る人』のラスト近くのところで、こんな会話がある。 看護婦 この部屋は明るいわね。お月様のせいで。自分が誰なのか私はずっと判らない。月の光を浴びて立ちつくすばかりだ。 悲しさ、切なさ、美しさ 月の光は渡辺えり子の劇世界そのものだ。時を超え、場所を超えて、強く強く夢みる力。 新作でどんな月の光を見せてくれるのか、いまはただひたすら待ち焦がれている。 (初演時パンフレットより) |
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渡辺えり子(わたなべえりこ) 1955年、山形県生まれ。県立山形西高校卒業後、上京して舞台芸術学院に入学し、76年、同院専修科を卒業。劇団「青俳」演出部を経て、1978年、舞芸の同期生や青俳の仲間たちと共に「劇団2○○」を結成。80年に劇団名を「劇団3○○」と改め、劇団主催者・劇作・演出・女優の四役を兼ねる活躍が話題を呼ぶ。 『モスラ』『タ・イ・ム』(いずれも79年)、『夢坂下って雨が降る』『カデンツァ』『夜の影』(ともに81年)で注目を集め、1983年、『ゲゲゲのげ―逢魔が時に揺れるブランコ―』で第27回岸田國士戯曲賞受賞。88年には『瞼の女―まだ見ぬ海からの手紙―』により第22回紀伊國屋演劇賞を受賞した。その他の劇作品には『花咲く頃の憂鬱』(83年)、『風の降る森』(89年)、『光る時間』『ガーデン』(ともに97年)などがある。また、NHKドラマ『音・静かの海に眠れ』(脚本)もプラハ国際グランプリを受賞。 1998年3月に劇団3○○を解散したが、昨年、企画集団『宇宙堂』を旗揚げして劇団活動を再開。演出家・俳優としても数多くの舞台歴を持つ一方で、映画・テレビへの出演も多く、その活躍ぶりはつとに有名。近年のテレビドラマでは『踊る大捜査線・番外編』や『OUT』などでの演技が印象深い。映画では1994年に『忠臣蔵外伝四谷怪談』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を、97年に『Shall We ダンス?』で報知映画賞助演女優賞と日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞している。 |
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| 【公演日程】 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 2005年 神奈川ブロック | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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