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2005年4月29日〜5月8日 全労済ホール/スペース・ゼロ(新宿駅南口下車徒歩5分) |
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| :出演: 倉野章子・山本道子・山田里奈・頼経明子 石川 武・大滝 寛・浅野雅博・植田真介・斉藤祐一
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【 公演情報 】
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| 【 物 語 】 |
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高校生のブレントは、シカゴに引っ越してきたばかり。カッコイイところを見せて級友に溶け込もうとしたが、友人宅でのパーティで恥をかかされすっかり自信を失くしてしまう。ブレントはやけになって車を運転し、事故を起こしてしまう。自分は軽傷で済むが、後続車を運転していた18歳の少女リーを死なせてしまう。リーの母親はブレントを責めなかった。その代わりに<風見の人形>を作ってリーの名前を書き、アメリカ大陸の四隅に立ててほしいと頼む。ブレンドはその言葉を胸に1万3千キロにわたる償いの旅に出る。
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| 【どんな舞台?】 |
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文学座ファミリーシアター第三弾、待望の新作! 少女の死を償う1万3千キロの旅。 いつしかアメリカ大陸の四隅には風見の人形が立ち、 少年の起こした風は人から人へそよぎ、穏やかな心の潤いを呼び起こす。 昨年の国内で公開された映画649本の内で映画興行収入が100億円を超えたのは、『ハウルの動く城』(邦画1位、200億円)、『ラストサムライ』(洋画1位、137億円)、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(洋画2位、135億円)、『ファインディング・ニモ』(洋画3位、110億円)、『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』(洋画4位、103億円)の5本。全体の約32%を占める685億円も売り上げました。その内4本がファミリー向け作品という結果でした。 そんな映画界とは数字的には全く比較になりませんが、今年で4年目を迎えた文学座ファミリーシアターは「親と子が共に楽しめる舞台」をコンセプトに企画し、『アラビアン ナイト』『眠り姫』といった、今迄の文学座とは路線の少し異なる新たな舞台を創作してまいりました。 おかげさまで劇場には従来の文学座公演とは違った親子の観劇風景が見受けられ新しいお客様と出会うことができました。また作品の内容も、幅広い年齢の皆様にご支持をいただきました。 さて前置きがかなり長くなりましたが、そのファミリーシアター第3弾は『風をつむぐ少年』をお贈りいたします。 原作はアメリカの児童文学作家ポール・フライシュマンのヤングアダルト(青少年向け)小説『Whirligig』です。 Whirligigとは、風でクルクルと回ったりする風見鶏のようなオブジェの事です。 小説が発表された1998年に米出版業界誌「パブリッシャーズ・ウィークリー」のベストブックに選ばれ、さらにアメリカの児童文学賞であるゴールデン・カイト賞を受賞。翌99年には日本でも『風をつむぐ少年』(片岡しのぶ訳、あすなろ出版)の題名で出版。産経児童出版文化賞の推薦を受賞し幅広い年齢の読者から支持されロングセラーとなっています。 16歳の高校生ブレントの自暴自棄な行動がもたらした見ず知らずの女子高生の死。その償いの為、アメリカ北部のシカゴから長距離バス・グレイハウンドを乗り継ぎ、国内の四ヶ所の海辺に故人に似せた風見の人形を作り、巡礼の如く旅をする主人公。初めての一人旅。彼はバスの中や行く先々での出会いに戸惑いながらも、今迄考えもしなかった「世界」や「もの」や「人」が存在するという事に気付いていきます。 そんな主人公の心の変化という縦糸に対し、その土地で営まれるささやかな人生と風見の人形とのそれぞれの関わりが横糸として語られ、東洋的な言い方をすれば「縁」や「輪廻」とでもいうような、目に見えない、時間を超えた連続した存在のようなものが、この物語を重層的な構造にしています。 旅での様々な体験の中で次第に回復を遂げていくブレントのの魂と、海風を受けて勢いよく回りながらそれに出会った人達に何らかのきらめきを与えてくれる4つの風見の人形は、これからを生きる子供達と、これからも生きて行かなければならない大人達に、さわやかなメッセージを残してくれるでしょう。 今年のゴールデンウィークは、劇場で風を待ってみてはいかがでしょうか。 原作◎ポール・フライシュマン 1952年アメリカ、カリフォルニア州モントレーで生まれサンタモニカで育った、生粋のカリフォルニアっ子です。 自作を家族の前で読み聞かせてくれたという児童文学作家シド・フライシュマンを父に持ち、家族全員が楽器の演奏が趣味という環境で育ちました。カリフォルニア大学、ニューメキシコ大学で学び、卒業後は書店、図書館に勤務。音楽、歴史、自然科学と幅広い知識を持ち彼の作品に幅と奥行きを与えています。 実は作家になるつもりはなかったようですが、1979年に『The Birthday Tree』で作家デビュー。翌年発表の『半月館のひみつ』で早くもゴールデン・カイト賞の佳作に。以後、青少年向けの小説と絵本、詩集を中心に作品を発表し続けています。また初めての戯曲が今年出版される予定です。 翻訳されている作品は前出の『半月館の秘密』のほか、『わたしの生まれた部屋』『種をまく人』『風をつむぐ少年』『ウエズレーの国』(絵本)、『マインズ・アイ』などがありますが、まだ多くの作品が翻訳されていません。 ところで、かつてはヴァーモント州、ネブラスカ州、フランスなどに移り住んだ事もありましたが、現在は、2人の息子さんも成人し、奥さんと2人で故郷モントレーに程近いアロマスという村で、アコーディオンとボッチボールというイタリアの古くからの球技を楽しみながら創作に励んでいるとの事です。 ◇その他受賞歴 ニューベリー賞(詩集『Joyful Noise:Poems for Two Voices』) スコット・オディール賞(『Bull Run』) ボストングローブ・ホーンブック賞 ケイト・グリーナウェイ賞 |
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ポール・フライシュマンと『風をつむぐ少年』 片岡しのぶ (翻訳家) 『風をつむぐ少年』を劇にする、と知らせていただいて以来、ブレント少年と作中の人物たちが、舞台でどんな声をきかせてくれるか、期待と想像をふくらませています。 原作者ポール・フライシュマン氏は、1952年にアメリカのカリフォルニアに生まれました。詩や絵本をはじめ、たくさんの作品を発表し、ゴールデン・カイト賞、ニューベリー賞、ボストングローブ・ホーンブック賞などを、幾度も受賞しています。『風をつむぐ少年』の原作Whirligig(1998年)でもゴールデン・カイト賞を受けました。 わたしは、彼の作品のうち三点、あすなろ書房刊の『種をまく人 Seedfolks』(1998年)、『風をつむぐ少年』(1999年)『マインズ・アイ Mind’s Eye』(2001年)を訳す機会に恵まれましたが、いずれも、実験性を感じさせるユニークな作品です。 『種をまく人』は、老若男女13人が、自分が種をまいた経緯を、ひとりひとり、かいつまんで語り、人数がふえるにつれて話に厚みが加わる、という趣向になっています。 『風をつむぐ少年』では、構成がずっと複雑です。主人公がブレントであることは終始一貫していますが、ブレントを知らない人物の小話(それぞれ主人公が変わる)が、一章おきに挿入されるのです。この主人公たちは、アメリカのあちらこちらに住んでいて、お互いの存在を知りません。その人たちとブレントを、ある木工品がつないでいきます。 その木工品とは、風を受けて動く人形です。人形は風の受け手であり、また送り手でもあります。ブレントの立てた人形は小話の主人公たちの人生をほんのすこし変えますが、人形の送る風は、めぐりめぐって、作品に登場しない大勢の人々にも届いていることでしょう。 ブレントは、最初、どこにでもいそうなハイスクールボーイとして登場します。<自分>と自分のまわりの人たちにしか関心がなく、まわりの人というよりは、やはり<自分>のことで頭がいっぱいです。したがって、彼の住んでいる世界は精神的にとても貧しい。その貧しさに気づいていないのがなおさらなさけないのですが、つまらない毎日から抜け出したいという潜在的願いはもっています。ただし脱出方法を知らないので、ファミコンゲームで時間をつぶすしかありません。 そんなブレントが、ある日同級生たちの前で赤恥をかかされ、くやしまぎれに「死んでやる」とばかり運転中の車のハンドルから手を放します。死ぬとはどんなことか、手を放せばどうなるか、認識の甘さは呆れるばかりですが、結局、彼は死なず、見知らぬ少女、リーが死ぬことになります。 この悲劇的出来事が、ブレントを広い世界にはじきとばしました。リーの母親の「娘の顔をした風力で動く人形を作り、アメリカの四隅に立ててほしい。娘は、生きていれば大勢の人にほほえみを贈ったはず。それができなくなった娘の代役を、人形にしてもらいたい」という願いを受け、広いアメリカの四隅に向けて、旅立つのです。 リーの母親の悲しい頼みの真の意味が、はたしてブレントに理解できたかどうか。ともかくブレントは、両親の反対を押しきり、生まれて初めての一人旅、それも償いの旅へと出発します。 それからのブレントの成長ぶりこそはすばらしい。旅は危険にみちていますし、不器用な彼は、ノコギリの使い方さえ知りません。でも、それをして償います、と約束した以上、数々の失敗をしながらも、必死でがんばるのです。 長距離バスにゆられ、目的地で下り、見知らぬ土地で人形を作り、立て、またバスに乗る。罪の意識と道づれの道中ではあっても、さまざまな出会いがあります。そのひとつ、ひとつからブレントは多くを学び、考える能力を伸ばしていきます。 星を見ることをおぼえ、ハーモニカが吹けるようになり、ドイツから観光にきた物知り少年に圧倒され、浜辺で子どもたちに取りかこまれながら作業をし……。 四つの人形を立ておえたブレントは、さわやかな風に吹かれながら未来に向かって歩きだします。リーを死なせてしまった罪が抹消されることはなく、生きるとは痛みをともなう長い旅。けれども、世界はこんなにも豊かさにみち、生きているかぎり、希望はかならずある−と信じさせる明るさが、フライシュマン作品の身上といえましょう。 文学座の『風をつむぐ少年』がどんな風を送り出してくれるか、とてもとても楽しみです。 |
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『風をつむぐ少年』と杉さん 坂口芳貞(俳優・演出家 文学座) 故・杉本正治から、『風をつむぐ少年』を舞台化したいとの話を初めて聞いたのは、二〇〇〇年の八月三十一日、聖ヨハネホスピスのラウンジだった。彼の病状の深刻さを知って、わたしが見舞いに行き始めてから、一年以上がたっていた。 その日の杉さんは比較的元気で、「この作品を再来年の企画に提出したい。構成、演出はぼくがやるから、セリフは奥さんに書いてもらえるかな……」。ずいぶん具体的な話だった。書店で売り切れになっていた原作の翻訳本を、出版社まで取りに行った彰子夫人が帰ってくるのを待つ間、「音楽やダンスをふんだんに使って、若い人の心に届くものをつくりたい」と彼は熱っぽく語ったのだった。その後、原作の本を渡された者は、何人いただろう。林秀樹・八木昌子夫妻、倉野章子、外山誠二………。 文学座内のみならず、ひろく「杉さん」という愛称で親しまれ、名舞台監督としてスタッフにも俳優にも頼りにされていた彼は、演出家としても、別役実『雛』(一九九五)、『金襴緞子の帯しめながら』(九七)、皆川博子『幽れ窓』(九八)など、キメ細かい印象的な舞台を作りあげ、今後を期待されていた。 その彼が病に倒れたのは一九九九年の初春。二年前の手術のときから、その日がくることは宣告されていたのだという。彼はそのことを家族以外だれにも知らせなかった。私が六月末に初めて小金井のホスピスに会いに行ったときは、状況を淡々と受け入れたかのような柔和な表情をしていた。すべてを自然のこととうけとめ、今できることをして楽しむ。それが杉さん流。自分が物を食べられなくなってからも、ホスピスのキッチンで家族や友人のためにパンを焼いた。子供たちのお弁当も作ったという。彼の料理を口にした者はみんな、その味をけっして忘れないだろう。私も何度もスパゲッティや野菜スープをご馳走になった。彼は体調のいいときはアトリエまで出かけてきて、稽古について感想を述べたり、後進のための演出ゼミを開いたりした。 彼が「よかったら『風をつむぐ少年』の打ち合わせに来てくれませんか」と、坂口玲子に電話をかけてきたのは九月の半ば。彼女はその声の調子から、一刻の猶予もないことを感じ取ったという。それからほぼ、週一度、彼女はホスピスに通った。彰子夫人にその日の具合を訊いてから、面会をする。深刻な病状だったにもかかわらず、杉さんは「打ち合わせ」を楽しんでいるように見えた。奇跡的に一時状態がよくなったりもした。ホスピスのラウンジでトークショウを開いて、患者さんや職員を慰労・激励した渡辺徹。とりあえず杉さんに聞かせようと劇中音楽を作曲して病室でギターを弾いた外山。体が動かなくなった彼の足となって、何度も車で送り迎えの運転をしてくれた林。「夢の公演」にかかわろうとする友人たちが、かわるがわるホスピスを訪れた。 『風をつむぐ少年』には、事故で見知らぬ少女を殺してしまった一人の少年が、旅をして自分を発見してゆく物語と、少年が償いのために作った風見人形が、時間を越えてさまざまな人に「風」を届けるエピソードが縒り合わさっている。このテーマは、死をみすえた杉さんにとって、とても大切なものだったにちがいない。人の行為は、人の思いは、本人の知らないところまで、時空を越えて旅をする。そしてあちこちで、ちいさな風を起こす。どこでだれが、それを受け取るかはわからない。声高に何かを主張するよりも、そういう生き方が杉さんは好きだった。 彼が考えていた舞台の胎動が始まるか始まらないうちに、杉さんは静かに目を閉じた。二〇〇一年一月三日。早春の花を届けにいった翌日のことだった。それから三年半たって、ようやく企画は実現の運びとなった。いま、演出を引き受ける鵜山仁を軸に、杉さんが起こした風が大きく動き出そうとしている。出演者・スタッフはもちろん、直接には舞台に関わらないたくさんの人たちの思いも集まって、きっと爽やかな五月の風を薫らせてくれるだろう。 |
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