文学座

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作家・演出家
作家/森本 薫
   
   
   
 
華々しき一族/かどで
 

<作家/森本 薫>

■プロフィール

1912年に大阪市で生まれた。 三高在学中の1932年処女戯曲『ダムにて』を発表し、1934年、同人誌「部屋」に掲載された『一家風』が小山祐士と田中千禾夫の目にとまり、執筆を依頼されて書いた『みごとな女』が岩田豊雄に賞賛される。1935年には、『華々しき一族』、36年には『かくて新年は』を「劇作」に、『衣裳』を「文芸」に発表し、稀有な早熟の天分を存分に開花させてゆく。1938年に結婚し、まもなく上京したが、前年に発足した文学座の「試演」と名づけた第一回公演に『みごとな女』が取り上げられた。1940年岩田豊雄の勧めで文学座に入る。森本薫の最後の戯曲となった『女の一生』は、1945年4月の東京で空襲の合間を縫うように上演された。京都に疎開した森本薫は肺結核が再発し、病床で敗戦を迎えた。1946年に『女の一生』のプロローグとエピローグを戦後の時点に書き直し、34歳で夭折した。