インタビュー
 

文学座『もうひとりのわたしへ』
横田栄司×畑田麻衣子×吉野実紗×田村孝裕(ONEOR8)
迷える大人たちに寄り添うもしも≠フ世界

『もうひとりのわたしへ』公演情報はこちら



左から、横田栄司、吉野実紗、畑田麻衣子、田村孝裕

稽古序盤の5月某日。2012年の『連結の子』に続く、文学座への書下ろし第二弾『もうひとりのわたしへ』(演出:五戸真理枝)を手掛けた劇作家・演出家の田村孝裕さんをゲストに、企画者の畑田麻衣子、吉野実紗、出演の横田栄司が参加する座談会を実施。企画の出発点から稽古の様子まで、創作の舞台裏が垣間見える楽しいトーク、お届けします!

再タッグを実現させた熱烈オファー

 企画者である畑田と吉野は、年齢は1歳違い、入座は3年違い。初めて旅公演のスタッフとしてついた作品が同じだったこともあり、近しく交流もあったという。そんな二人が22年、田村氏率いる劇団ONEOR8での『連結の子』上演を一緒に観劇したことが、この公演の始まりと言う。
「結婚・出産・育児を経て復帰したものの、これからどんな風に演劇と向き合っていくか、自分の中で明確なビジョンはまだなく、色々と考えている時期の観劇でした。もう、本当に面白くてこういう演劇がやりたい!≠ニアツくなり、劇場から最寄りの駅までの帰り道にもう、田村さんに執筆のお願いを連絡するくらい前のめりになっていました(笑)」(畑田)
「私は文学座の『連結の子』出演者だったのですが、ONEOR8さんでの上演もとても魅力的で改めて良い戯曲なのだと噛み締めました。でも企画者としては、畑田さんの勢いに引きずられて今日まで来た感じです(笑)」(吉野)
「いえいえ、あの日に実紗ちゃんが私の思いつきに賛成し、背中を押してくれたからこそ企画が実現したのだと思います」(畑田)
 熱烈なオファーを受けた田村は、「シンプルに嬉しかった」と。
「お声がけいただき、また文学座さんに書けることは本当に嬉しかった。こういうことを言っていいのかわかりませんが、僕は書く≠アとがとてつもなく嫌いで、演出がしたくて書いているようなところがあるんです(苦笑)。だから畑田さんからお話をいただいた時、作家の仕事を好きになる良い機会になるかも知れないと思った。普段のオファーと違い、まずは座内で企画を通すことからだと伺ったので、企画実現のためには何でも協力します!≠ニいう意気込みで臨みました。運よく本公演にしていただけたんですが、執筆に入ってからは畑田さんの追い込みがスゴくてまいりました(苦笑)」(田村)
「企画者と俳優、両面からはやく戯曲は読みたくて何度も何度も直接連絡してしまい、最終的には田村さんに事務所を通してもらっていいですか≠ニ言われる始末」(畑田)
「お陰様で普段よりだいぶ早く書き上がったので、結果オーライなんですが(笑)」(田村)


田村孝裕

■選択の揺らぎから二つの人生が

 40歳の誕生日を明日に控えた既婚女性・椎葉里歩。夫との関係、会社での立ち位置、老いていく両親の心配など悩ましい日常の中で、里歩は吐き出せないうっぷんを書き留めてラップにし、歌って晴らすことを趣味にしている。様々な葛藤の中、別の選択をした「りほ」と「リホ」の未来、家族や同僚たちとの関係はそれぞれに変化して……というのが今作のストーリーライン。
「畑田さんが話してくれた、ご自身の人生、仕事と生活の間にある葛藤がそのまま作品の芯になっています。それに40歳≠ヘ僕自身にとっても節目というか、強く意識した年齢でした。覚悟も定まらないうちに、もう若手のフリはできないゾ≠ニいう状況になってしまった感じがして。また作風のせいもあり、目上の俳優の方々と仕事をする機会が多いのですが、先輩方にも40歳までは年上の、40歳からは年下の話に耳を傾けるべき≠ニいうアドバイスをいただいていて、40歳以降の自分は古い人間になっていく。作品を古びさせないために何をすべきか≠ニ思い詰めました。前年に子どもが生まれ、家のローンを組むことになったのも大きいかな(笑)」(田村)
 ちなみにラップは、吉野からの進言とのこと。

   


吉野実紗

  「進言なんて大それたものではなく、りほとリホが分かれていく過程に、もう一つアクセントが欲しい。今、何のしがらみもない状況でやってみたいことはありますか?≠ニ田村さんに訊かれて思わず答えてしまっただけです。その頃ハマってよく聴いていたガールズ・ヒップホップグループ・XGのラップで、私もやってみたいなあ≠ニいう出来心で……」(吉野)
 その結果、SF的並行世界とラップによる言葉遊び満載の『もうひとりのわたしへ』という、刺激的な新作が誕生した訳だ。また、観客の身近にもいそうな里歩が、「りほ」と「リホ」として未来を分けていくSF的な展開に重要な役割を果たすのが、横田栄司演じるスケールという名のキャラクター。
「文学座の『連結の子』は、僕にとっても強く心に残った作品。普通に声がかかっても嬉しかったと思いますが、畑田さんが策士なんですよ。去年『オセロー』(演出:鵜山 仁)に出演してちょっと調子にノッてる時、スッと来てさらっと企画の話をしたのであ、面白そう≠ニ、そのまま乗せられた感じです」と横田が話せば、「初めて横田さんにお会いした時、とてもスケールの大きな人だ≠ニ思ったんです。なので作品との関係性以前に、横田さんの役名は決まってしまいました(笑)」と田村が返す。
「今まで一度も演じたことのない、かなり特殊な設定の役。スリリングな状況を楽しんでいるような、フザケたところもあるキャラなんですよ。まだ立ち稽古が始まったばかりで、彼がどういう眼差しでいるのかは決めきれてはいません。ただりほ≠ニリホ≠サれぞれに反省や後悔はしなくていいよ≠ニ、その人生を肯定してあげられる存在になれたらいいかなと、今は考えています」(横田)


横田栄司

■作家・田村が引き出す俳優の魅力

 田村の劇作は基本、演じる俳優へのあて書きだと言い、今回も出演者たち一人ひとりと直接会って話し、キャラクター造形の糧にしたという。
「高橋ひろしさんは他の出演作も拝見していますが、とにかく元気な方≠セと強く感じたことと、目線、眼差しの優しさが心に残って役にも反映させていただきました。
郡山冬果さんの中に、僕はシニカルな視点≠感じ、それが真由の起点にあります。
里歩の夫はどういう人か≠考えた時、彼女が耐えたり忍んだりすることに理由、秘密のようなものを持っている必要があると思った。山森さんにお会いした時、ある秘密≠背負うにふさわしい方だと一方的に僕が見初め、なかなかにこじれた設定を演じていただくことになりました。
 萩原亮介さんは、佇まいは物静かなのにギラギラしたものを感じちゃって。内に牙を隠しているというか……根っこの部分に、すごく色々持っている方じゃないかと想像したところから造形しました。
 宝意紗友莉さんは、すごくおしとやかで良い人のイメージだったんですが、同時に「この人は追い込まれない」とも思った。状況が厳しくても暖簾に腕押しで、ファファファ〜とかわされていくような、つかみどころのない感じを役に加えました。
 稲岡良純さんからは会った時、台詞をたくさん喋りたいです≠ニ言われ、とにかく台詞をいっぱい書かなきゃ、と(笑)。あと、皆さんに愛されている雰囲気もあったので、周り中からイジられているキャラを作りました」(田村)


■ドラマを強く推し進めるラップの力

 ちなみに音楽・劇中のラップに関しては、ALI-KICK氏が作曲・指導に当たっており、「リホ」以外の登場人物もパフォーマンスするようだ。
「吉野さんからアイデアをいただいたものの、最初は戯曲の流れに上手くラップが織り込めず、演出の五戸さんに相談しました。さすがの巧みさで上手い繋ぎ方を提案してくださり、ALI-KICKさんがラップ用のリリックに言葉もブラッシュアップしてくださったことで、形になりました。韻なんて僕には踏めませんから、とにかく歌詞の部分は書いただけで恥ずかしく、五戸さん以外見ないで下さい≠ニお願いしたほどです」(田村)
「吉野の思いつきで今、カンパニー全員が苦しんでますからね(笑)。とはいえ僕自身は、ラップがちょっと楽しくなってきた。ヴァイブスがフローでマザーファッカーYo Yo Yo≠チて、喋り方もそれっぽいでしょ?(全員爆笑)」(横田)
「自分の首を絞める、というのはこういうことですよね。昨日も本気でパフォーマンスしたいなら、1年間ヒップホップの勉強をして出直せ≠ニいうような意味のことを優しくALI-KICKさんに言われ、めちゃくちゃへこみました……。でも諦めません! 開幕までには、カッコいいと言ってもらえるレベルにまで成長します!!」(吉野)
「稽古中もALI-KICKさんが、この舞台にすごく情熱を傾けてくださっているのが伝わってくるのが有難いですよね。作品解釈を巡り僕らが喧々諤々で言い合っていると、ご自身の意見を話してくださったり、ウォーミングアップに参加さったりもしているので」(横田)
「俳優が台詞を喋ることに、すごく興味を持ってくださっているんです。俳優が台詞を喋る勢いがスゴイ。僕も台詞が喋れるようになりたい=vと(畑田)。
 戯曲の言葉とラップの言葉。その化学反応や文学座俳優陣のパフォーマンスも、今作の大きな見どころになりそうだ。
 


畑田麻衣子



■「なるようにしかならない」し「なんとかなる!」

 パラレルな「りほ」と「リホ」を演じる畑田と吉野。吉野は畑田を互いを映し合う¢カ在だと感じているという。
「少し先輩である畑田さんの結婚・出産・休業・復帰という選択≠、これまで私は見てきて、あの時あちらを選んでいたら≠ニ自分の選択を見返すこともあります。性格は全然違うけれど、大切にしている価値観など畑田さんにシンパシーを感じるところが多いので、羨ましいというより劇中同様自分のもうひとつの人生≠見ている感じでしょうか」(吉野)
「実紗さんとは、仕事だけでなく日常会話でも根本は通じ合っているけれど意見は違う≠ニいったことが多いので、「りほ」と「リホ」の関係に重なるところが実際にあると私も感じています。結婚や就職など大きなことだけでなく、その日の服装や何を食べるかなど人生には小さな選択が無数にあり、それらが繋がって結果的に未来も変えていくんですよね。だから小さくても、それぞれの選択が人生の宝物になるんだと作品を通してあらためて感じているんです」(畑田)
 二人の、親しくも客観性を保つ関係が作品と呼応し、観客にも実人生を俯瞰するきかっけになるかも知れない。最後に、40代という区切りを経験しながら惑い続ける大人たちへのメッセージを、参加者全員からもらった。
「40代になるのをビビッていたわりには、45歳の今、今までで一番、居心地のいい年代になったと思っているんです。あくせく一生懸命走るだけの頃より、少し余裕が出たのでしょうか。人生なるようにしかならないし、なんとかなる。タイヘンなこともあるけど楽しいよ!≠ニいうのが今の気持ちです。自分にとって大きな問題でも、他の人から見たらちっぽけな場合も多いので、生きるためのアレコレを愛しさとして捉え直せたらと、この作品を通してお伝えしたいと思います」(畑田)
「40歳を過ぎた自分は疲れちゃった、傷つきたくない……≠ニ言いがちで、守りに入った状態だという自覚はあるんです。つまんないと思いつつ自分で行動をセーブする、みたいな。でも、今回ラップという大きな課題をいただいて、できないながらも諦めずに頑張ろうと思っているんです。いろんな悩みを抱える同世代と一緒に頑張るつもりでやりたいです!」(吉野)
「コロナ禍が過ぎたあたりで僕は50歳を過ぎた。感染症禍では演劇が一斉に中止になったし、年齢的にも、仲良かった方が急に亡くなったりすることが増えている。だから会いたい人には会いにいくほうがいい。観たい演劇は時間を作って観たほうがいい≠ニ言いたいです。何事も終わりは必ずくるから。この作品は劇場でしかできない体験ができ、上演ごとに違いがはっきり出る楽しい芝居になるはず。それを観る好機を逃さない、その大切さを作品を通じて感じていただけたら良いですね」(横田)
「人生は誰もが悩むもの。逆に言えば悩まないと面白くないと思うんです。あれだけ書きたくなかった戯曲だけど、感染症禍で公演中止になって書かなくて良くなった時、楽しいのは最初の一週間だけ。「この先どうなるんだろう」という不安を差し引いても、明らかに楽しくなくなったんです。結局、悩み苦しみに立ち向かっている時のことは、後から振り返ると楽しかったり、結果的には成長できたりする機会になる。横田さんが仰る通り、どちらの時も絶対に終わるから。気の利いたアドバイスはできませんが人生悩んだほうが面白い≠ニいうことには実感があります。悩み・もがきはエネルギーになるので、そのことをこの作品で少しでも感じていただけたら、と」(田村)
 演劇を通して人生の可能性をみつめ直す。『もうひとりのわたし』は、観客の人生を豊かにするサポートをしてくれる作品になる予感がする。
(取材・文=尾上そら)